探求三昧 by 百瀬直也 - 地震前兆研究家が地震予知・地震予測・防災等を探求

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三重県聖地巡礼記(3)伊勢市

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【注意】この聖地巡礼記は、巡礼した日のブログ記事として書いているが、実際は帰京後に執筆したものです。


8:00にホテルをチェックアウトし、松阪駅へ。
近鉄山田線急行に乗り、伊勢市で降りる。
コインロッカーに荷物を預け、帰りの名古屋行きの特急の指定を取る。
これで今日1日、身軽になって歩くことができる。
5分ほど歩いて、外宮前に着く。

豊受大神宮伊勢神宮外宮)(伊勢市

聖地巡礼というものを始めてから伊勢神宮に参拝したのは、2006年と今年2009年の元日に来てから3回目だ。
巡礼ルートは、通常の慣例に従って、外宮から内宮という順番だ。
いつものことだが、内宮よりも外宮にお参りする人の数はずっと少ない。
外宮と内宮とセットでお参りするのが「正式」とされているのに、内宮へお参りしてそれで済んだと思っている人がかなりいるようだ。
外宮にお参りする人は、4人に一人にすぎないという。


今回は、外宮と内宮の両方で、御垣内参拝をすることにした。
まず正宮の境内に入り、御垣内参拝の受付をする。
2009年の伊勢巡礼については、『聖地巡礼ファイル』「#302 伊勢と諏訪を結ぶ」で詳しく書いている。
御垣内参拝ができる資格などについても、ここで解説している。
http://www.ne.jp/asahi/pasar/tokek/SJF/


事前にネットで調べたところ、御垣内参拝は「スーツ」着用が必須という記述が見られた。
だが、そんなことはないだろうと、ネクタイ+カジュアルな黒のジャケットとパンツという格好で来た。
やはり服装については何も言われなかった。
男性は、ネクタイと背広さえ着用していれば良いのだろう。
ギリギリなんとか許される範囲ということかもしれないが。
女性の場合、どこまでが許容範囲というのが難しいかもしれない。
あらかじめネット上で情報を得ておいた方が良いだろう。



正月よりも人が少ないためか、同伴者なしで一人で神官の方に案内される。
御垣内で許されているお祈りの時間は、せいぜい10秒かそこらだ。
御垣内を出てから、一般の参拝者に混じって、再度長いお祈りをする。
後で気づいたが、式年遷宮の成功のためのお祈りをするのを忘れてしまった。


次に、多賀宮→風宮→土宮の順にお参りする。
いつも思うのだが、この多賀宮ではかなりの「力」を感じる。
今回初めてビデオカメラを持参して、神宮の境内を動画で撮影させていただくことにした。
機能な記録となるだろう。
風宮の御祭神については、やはり自分と何かご縁があるように思えてくる。



伊勢神宮については、前述の『聖地巡礼ファイル』で書き尽くした感があるので、それほど書くことはない。
自分的には、1冊の本を執筆するのに等しいエネルギーを費やしたものだった。


皇大神宮伊勢神宮内宮)(伊勢市

外宮を後にして、内宮行きのバスに乗る。
シルバーウィークとあって、内宮−外宮を結ぶ参道はかなりの渋滞。
猿田彦神社前まで来て右折すれば、そこから先はバス優先車線なので速い。
直通バスだが、けっきょく内宮まで30分ほどかかってしまった。
歩くのとそれほど変わらなかったりして。



前回と変わっていたのは、五十鈴川に架かる宇治橋が工改修事中で渡れなくなっていること。
平行して架かっている橋の方から渡ることになる。
玉砂利の長い参道を歩いていき、正宮前に着く。
人が多いとはいっても、元日よりはかなり少ない。
帰り道を逆行して境内に入る。
そして、御垣内参拝の受付をする。
民族のカルマについても祈るべきか迷ったが、結局その祈りも行なった。



続いて、荒祭宮へ。
外宮の多賀宮と同様、こちらもパワーが強いように思える。
地震沈静の祈りをしているときに、一瞬「ヴィジョン」が見えたような気がした。
大きな地震が起きて、人々が大地の上で倒れたりしている。
自分の潜在意識から出たものかもしれないが。
こういうものは、現実になってほしくないものだ。



五十鈴川にかかる橋を渡り、風日祈宮へお参り。
どんなに駆け足の旅でも、正宮、荒祭宮風日祈宮へのお参りは最低限必要だろう。
特にこの風日祈宮で、静寂に包まれた空間で祈るのは気持ちが良いものだ。


内宮を後にする。
おかげ横丁など見ている暇はない。
観光見物で来ているわけではない。
最後の巡礼地、二見興玉神社を目指す。


二見興玉(おきたま)神社

内宮前からバスで五十鈴川駅へ。
そこから近鉄電車に乗ろうとしたが、切符を買うときに駅員さんが、二見浦まで行くのならば、バスで行った方が速いと教えてくれた。
駅前で、二見浦へ行くCANバスを待つ。
だが、バスが行ったばかりで、15分ほど待たなければならなかった。
けっきょく、電車に乗った方が速く着いただろう。
しかも、二見浦東口バス停で降りてみると、二見興玉神社をかなり通り過ぎていた。
二見シーパラダイスという水族館みたいなところの前だ。
そこから二見浦までの参道は、屋根がついて両脇に土産物屋が並んでいる。
ここを通るのは初めてだ。


建物が終わったところで外へ出ると、そこには二見興玉神社と龍宮社と書かれた鳥居がある。
龍宮社は、八大龍王大神を御祭神とする二見興玉神社境内社だ。
ちょっと歩くと、その龍宮社があった。
いままで本殿でお参りして引き返していて、この神社の存在を知らずに帰っていた。



龍宮社にお参りしてから、夫婦岩の前で写真とビデオを撮る。
そして本殿に行き、お参り。
二見浦は、関東でいうと江の島的な観光地になっていて、連休には多くの人々が訪れるようだ。
若いカップルもよく目に付く。



おみくじを引くと、29番の末吉だった。
「今までの苦しみ煩いもいつか消えて心楽しい時の遠からず来ます」とある。
「これから良くなる」的な末吉だった。



名古屋へ

二見浦駅への参道を歩く。
時間の余裕があるので、参道沿いにある赤福の店に入る。
赤福が3個乗った皿と抹茶を注文。


じつは、赤福はあまり好きではない。
和菓子は嫌いではないが、こしあんが大嫌いなのだ。
何か、「粕」を食べているような気になってくる。
粒あんの方が、食物繊維が取れて健康にも良いし、歯ごたえがある。


二見浦駅からJRで伊勢市駅へ。
コインロッカーの荷物を取り、近鉄線特急で名古屋へ。
関西在住のmixiマイミクさんと夕食をとる。


節約のため、夜行バスで帰京する。
初めて理由した楽天トラベル系のバスは、ちょっと戸惑うところがあった。
最近の夜行バスは、若い女性が多い。
半分以上がそうではないか。
23:50に名古屋駅を出発した夜行バスは、5:00頃に新宿駅前に到着。
西武新宿線で帰宅した。

三重県地震について

今回の三重県聖地巡礼では、祈りの目的を守護する存在に敢えて尋ねなかった。
地震沈静と民族のカルマ解消だろうということで。
伊勢湾沿いに南下するルートをたどったことは、やはり地震のための祈りというのが前提にあるのだろうと思う。


その地震発生の可能性については、どうなのだろうか。
三重大学助教授による下記のページを見つけたので、その記述を参考にする。


 三重の地震
 http://www.cc.mie-u.ac.jp/~lz00102/cosmos.files/030719.htm


上記ページによると、三重県に被害を及ぼしてきた地震は、およそ100年毎に発生しているという。
20世紀には、東南海地震(1944年、M7.9)、三河地震(1945年、M6.8)、南海地震(1946年、M8.0)と、立て続けに発生している。
今後の発生時期については、「今後の発生時期を明確に予測することは困難であるが,今世紀前半には確実に起こるとされており」とある。
また、東海地震については、「2012年に起こると考えられる」と述べている。
発生確率的には、やはり間近に迫っているということらしい。


また、これを書いている今日、注目すべきニュース記事を見つけた。
東海地震の想定震源域である静岡県西部で、一昨年以降、プレート同士が強く固着している部分に、ひずみがたまり、過去30年で最も巨大地震が起こりやすくなっていることがわかったという。
震源域では、今年8月に駿河湾地震が発生するなど、中・小規模の地震が増加している。
特に震源域西側で2007年後半以降、地震の発生数が増えている。


じつは、今回の5連休で、聖地巡礼先が三重県に決まる前は、静岡県の浜名湖あたりが指示されていたのだ。
東海地震の想定区域から南海地震の想定区域へ巡礼先が変わったということに、どういう意味があるのだろうか。



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