探求三昧 by 百瀬直也 - 地震前兆研究家の地震予知・地震予測関連ブログ

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奇跡よりも大切なもの

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今日も家にこもって『ビードロ』(コードネーム)の執筆。
それにしても、私は遅筆だ。
何十冊という資料をあちこち引っ張り出して参照したり引用することもある。
一つのことを書くのに、キーボードを打つ手を休め、熟考を重ねる。
ほんの数行書くにも1時間かかったりすることもある。
ときには、風呂に浸かりながら構想を練る。
私には、講演のように人前でリアルタイムに話すことは無理かもしれない。
もともと言葉でものを表現するのが苦手なのだ。


今日はイエスの奇跡について書いたりしていた。
そして、聖母アマチの奇跡についても言及しておいた。
アンマの伝記を読むとわかるように、若い頃のアンマは、さまざまな奇跡を行っていた。
だが、それを人々の前で示すことをやめてしまった。
今日書いた原稿の一部を、少し長くなるが、そのまま貼り付けることにする。

一九五三年九月二七日に南インドのケララ州で生まれたアマチは、子供の頃からクリシュナ神を深く信仰し、幼くして悟りを開いた。
恵まれない人々に対する愛情が深く、非営利の総合病院、孤児院、家の持てない女性たちのための無償住宅を建てるなど、慈善活動でも知られる。
世界中に信奉者がいて、毎年ワールドツアーで日本を含む各国を訪れている。
アマチは若い頃にはさまざまな奇跡を見せたことで知られるが、今ではもう行わなくなってしまった。


その理由を、アマチは信奉者たちに向かって、こう語っている。
「わたしは奇跡を見せて誰かを信者にさせることなどまったく興味ありません。奇跡を見せるのはわたしの意図に反します。わたしの目的は、人々の中にある永久の自己に気がつくことによって、解放(解脱)への希望を人々に吹き込むことです」
(スワミ・アムリタスワルーパーアナンダ著、鈴木由利子・稲垣奈穂子訳、『アマチ マータ・アムリターナンダマイーの伝記』、マータ・アムリターナンダマイー・ミッション・トラスト)
これは、アマチが二二歳のときの言葉だ。
「あなた方は一度奇跡を見ると幾度も見たいと欲するようになります。わたしは欲望を作るためにここに居るのではなく、それを取り除くために居るのです」(同掲書)


だが、人々はその言葉に満足せず、もう二度と望まないから、一度だけでも奇跡を見せてくださいとアマチに懇願した。
聖母は仕方なく、彼らに信仰心をもってもらうために、一度だけ見せましょうと言った。
アマチが指定した日に、集まった人々の前で、奇跡を行った。
そのときのことは、アマチの高弟が著した伝記に書かれている。


アマチは水差しに入った水をもって来させ、その中の水をミルクに変えて見せた。
そのミルクを集まった群集に配り、まだ疑っている者を呼んで、その水差しに指を入れるように促した。
すると、その中のミルクは、今度は甘い芳香をたたえたプディングに変わっていた。
それは、ミルク、バナナ、レーズン、粗糖、氷砂糖から出来ていた。
プディングはそこに集まった千人以上もの人々に配られたが、それでも水差しの中に一杯に残っていたという。
このようなことが可能ならば、イエスがパンと魚を五千人の人々に配ったということも、事実だったのかもしれない。


アマチは、愛によって愛を説いた。
マザー・テレサがそうしたように、愛を実践することによって、愛の大切さを人々に示した。
そういう人にとっては、奇跡は必ずしも必要ではないのだろう。
明日はアンマのダルシャンだ。
なにか「特別なこと」が起きるだろうと期待して行く人は、がっかりさせられるかもしれない。
だが、そのようなことを望まなくても、起きることもある。
私は、アマチのダルシャンの帰りに、いまの家内と共に、虹を見たことがある。
その虹は、まさにその聖母がいる方角に見えた。
そのときの体験記は、こちらで書いている。↓
http://www.ne.jp/asahi/pasar/tokek/TG/CG/CGNiji.html


みなさんは、アマチにまつわる何か不思議な体験とか、ありませんか?
表題に書いた「奇跡よりも大切なこと」とは何か?
みなさん一人一人、考えてみてください。
奇跡よりも大切なことがあるとわかっていても、やっぱり不思議な話は好きですね。
不思議オタクだから(笑)



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