探求三昧 by 百瀬直也 - 地震前兆研究家の地震予知・地震予測関連ブログ

地震前兆研究家、ライターの百瀬直也が地震予知・予測・予言等を探求する

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次の聖地巡礼は茨城

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今日はヒヌカン☆クラブのオフ会で、すぴこん(スピリチュアル・コンベンション)へ行く予定だったが、体調が悪いためにパスさせてもらった。
新宿エイサーから参加することにした。
結果的に、それでよかったようだ。
というのは、明日の日曜日からどこか聖地巡礼へ行くべきかと、守護する存在に尋ねたところ、鹿島神宮へ行くようにと出た。
今日は飲み会なので、すぴこんへ行っていたら、ダウジングを含めて準備期間がなかっただろう。
他に参拝するのは、香取神宮と「元鹿島」と呼ばれる大生神社。
そして、泊りがけで行くようにとのことで、茨城県日立市諏訪町の諏訪神社も加わった。
というわけで、1泊2日の聖地巡礼になる。
今回の目的を尋ねると、和人とアイヌの民族同士のカルマを清めるためとのこと。


鹿島神宮といえば、いうまでもなく、古事記の国譲り神話で、諏訪大社の御祭神建御名方神と戦って勝った武甕槌大神(たけみかずちのおおかみ)をお祀りする神社だ。
諏訪大社の神さまに守護されている人間が、果たしてそういう神社へ行っても良いものなのだろうかという疑問が生じる。
敵陣へ乗り込むようなものではないか。
だが、ダウジングで指示されたのだから、大丈夫なのだろう。
というか、国譲りの説話は本当にあったことなのかということに以前から疑問を抱いていた。
諏訪大明神と武甕存在は、本来は対立する存在ではないのではないか。
そして、諏訪大社鹿島神宮の両方に見え隠れする多氏系氏族の存在。
鹿島神宮はもともと物部氏が祭っていた神社だったという説がある。
そして、鹿島の地を乗っ取った中臣氏は、多氏とつながるという説。
また、大生神社は「元鹿島」と呼ばれ、鹿島神宮はもともとこの地にあったという説。
日本の歴史というものはそのときそのときの権力者によって歪められていったものだが、そこから真実を導き出すのは容易なことではない。


私は、日本の「歴史」よりも、たとえばレイラインのような「厳然とした事実」の方を信頼したい。
鹿島神宮と、諏訪大社のご神体山である守屋山が、なぜ正確に東西の直線上に存在するのか。
なぜ、諏訪大社上社前宮が、大生神社(元鹿島)と正確に東西の直線上に存在するのか。
この事実自体が、すでに両者が敵対するものではないことを如実に物語っているではないか。↓
http://www.ne.jp/asahi/pasar/tokek/TZ/LL-SuwaKashima.html



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