探求三昧 by 百瀬直也 - 地震前兆研究家が地震予知・地震予測・防災等を探求

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【松原照子氏】4/28ヘブライ語がごく普通の日本語として~日本民謡ヘブライ語説

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今週末は、物書きの仕事以外で、いろいろと忙しかった。
今日はタイフェスティバルへ行ってきて、サルちゃんのタイ料理三昧の記事を書いた。


今日は、松原照子さんの「アヤシイ古代史」系の3つの世見をネタにする。
…と思ったけれど、時間的に押してきたので、今日はそのうちの1つだけ。
あらかじめ書いておくと、私もそういうのが嫌いではない。
2015年04月20日「イスラエルの“気”が残っている太秦寺」から。

千年の時を越えて民族の血が甦る。
イスラエルには十の部族があったという。
ここまで書いたら京都の太秦寺に行ってみたくなった。
理由など、こうして書いている時には存在しない。
(松原照子、ブログ「幸福への近道」、2015/04/20より)
世見2015年04月20日イスラエルの“気”が残っている太秦寺: あほうどりのひとりごと★幸福への近道


私も行きましたよ、太秦
古代イスラエル失われた10支族の謎」を探りに。
いわゆる「日ユ同祖論」という言葉は、使わないようにしている。
こういう非論理的な表現は、我慢ができないというのもある。
代わりに、適当な呼び方があるかというと、あまりない。
仕方なく、「古代イスラエル渡来説」などと言っている。


日本人とユダヤ人(すべて)が「同祖」であるはずがないことは、現代のDNAなど様々な科学的研究によって明らかになっている。
日本では、あまりにも怪しい言説が氾濫している。
日本語とヘブライ語を「カタカナ」だけで比較しようなどというのも、ほとんど見るべきところはない。
それでも、そういう怪しい要素を篩(ふるい)にかけていくと、無視できないものが残る。


松原さんが古代イスラエルのことを書くと、かなりアヤシクなってくる。
もしかして、自分の「趣味」でやってるんじゃないかと思ったりして。
また、既存の本をそっくり借用しているのではないかという疑惑が生じるものもある。
それも含めて、「不思議な世界の人々」の意図するところなのだろうかと思ってしまうのだ。

太秦寺にはイスラエルの“気”が未だに残っていると不思議な世界の方が教えてくれました。
もしかすると、日本人の血の中にイスラエル人の血が流れているのかもしれません。
伊勢音頭はヘブライ語だと聞いたことがあります。
(松原照子、同上)


「ナニャドヤラ」などの日本民謡の囃子詞が、じつはヘブル語(ヘブライ語)で解釈できるという説は、川守田英二氏が提唱したものだ。
この説については、ユダヤ教のラビ・マーヴィン・トケイヤー氏と古代オリエント史を専攻する学者であられヘブル語にも堪能な三笠宮崇仁親王のいずれもが、まともに扱っていない。
そのような見識が大切なのだ。
川守田氏を除いて、上記のヘブル語に堪能な人々が、そのような民謡がヘブル語には聞こえないというのだ。


いわゆる「日ユ同祖論」を支持する人々の大半は、そのような説を”自分の頭”で考えようとせずに、”探求”しようとせずに、信じこんでしまうようだ。


「日本人の血の中にイスラエル人の血が流れている」という言葉を読んだだけで、上に書いた理由から、私はいささか拒絶反応を起こしてしまうのだ。
古代イスラエル10支族の末裔が古代日本にひっそりと渡来していたとしても、それは全体の中のごく一部であり、日本人全体の血の中にイスラエル人の血が流れているわけはないだろう。

「伊勢音頭の中のお囃子言葉がヘブライ語なのですよ」
と今教えられた。
ア ヨオイセ コーオリャセ
ヤートコセーエェ ヨイヤナ
アリャリャコレワイナ
コノナンデモセ


「桑名の殿様にも ヘブライ語が残っています」
ヤンレ ヤットコセ ヨーイヤナ
ヨーイトナ
アーレハ アリャリャンリャン
ヨーイトコ ヨイトコナー


三重県の民謡にはヘブライ語がいっぱいです。
尾鷲節 伊勢道中唄 もしかすると日本中の民謡の中に意味のわからないお囃子はヘブライ語かもしれません。
(松原照子、同上)


あれ?
「伊勢音頭」はともかくとして、「尾鷲節」と「伊勢道中唄」は?
これのヘブライ語説は、川守田さん他、誰も言っていないんじゃないかな?
それとも、私が忘れてるだけ?


そうだとすれば、松原さん…いや…「不思議な世界の人々」の「発見」となる?
いや、その単語一つ一つに十分説得力ある解釈を施さないと、信ぴょう性は出てこないだろう。


ヘブル語はヘブル文字として、子音だけが記されてきた。
そのため、どのような母音が付与されて発音されていたかは、正確にはわかっていない。
なので、たとえば日本語の意味のわからなそうな歌の歌詞を、テキトーにヘブル語に当てはめて解釈することは、そう困難ではないのではないか。


なので、松原さんが言っているからといって、それ以上「探求」するエネルギーを費やそうという気にはなれない。


そういうことをやるならば、古代日本語と古代ヘブル語の単語の中に、発音が類似して且つ意味が一致する単語をたくさん探す方が得策なのではないかと思う。
それこそが、故ヨセフ・アイデルバーグ氏が行っていたことなのだが、残念ながら日本語の古語や漢字についての十分な知識がなかったために、その研究成果はボロボロなものだった。
ただし、その貴重な研究結果から、まともそうなセットを「抽出」して検討するという作業は、無駄ではないように思うのだ。
ヘブル語も日本語も堪能な人がそのような研究を行えば、もっと違った結果が出てくるかもしれない。


日本の中のユダヤ―イスラエル南朝二族の日本移住

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