探求三昧 by 百瀬直也 - 地震前兆研究家が地震予知・地震予測・防災等を探求

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【聖地巡礼】走水神社・江島神社

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あらかじめ書いておくと、この聖地巡礼記は、かなり長いです。
通勤途中や昼休みに、合間を見て、4日ほどかけて書いた。


9月23日、秋分の日は久々に聖地巡礼
目的地は、三浦半島観音崎近くにある走水(はしりみず)神社と、江の島の江島(えのしま)神社。


私が聖地巡礼する際に、95%は「後ろの存在」の指示を仰いで行き先が決まる。
具体的には、神棚の前で祈って、マップダウジングを行う。
今回は例外的にダウジングは行わない。
神棚にお祀りしている両神社の神札を、今年はまだいただいていないので、そのための巡礼だ。
今までは一人だけでも忙しい旅になっていたが、小さな子供二人がいるので、余計に時間がかかる。


まず初めに、走水へ向かう。
朝8時頃に家を出て、花小金井から、高田馬場、品川を経由して、京急特快で三浦半島馬堀海岸駅へ。
駅近くの西友の前のバス停で待っていると、防衛大学校行きバスが来たが、これは乗ってはいけない。
観音崎行きバスに乗り、15分ほどで走水神社バス停で降りる。
家を出てから3時間ちょっとの長旅だった。
聖地巡礼の時には、終わるまで必ず断食するが、それを家族に強いたりはしない。

弟橘媛オトタチバナヒメ)さまとのご縁

走水神社の御祭神は、日本武尊弟橘媛命の夫婦神。
ここ走水は古事記などにも登場するが、弟橘媛さまが日本武尊さまを助けるために海に身を投げた場所とされる。
http://instagram.com/p/tRaYNvI2se/
【聖地巡礼】走水神社なう。弟橘媛命さまのレリーフの前で。At Hashirimizu Jinja, Kanagawa.


私がオトタチバナヒメさまにご縁ができたのは、東日本大震災の6年前の、ちょうど今頃だった。
あの時、カニやトンボの「神遣い」が現れたりと、いろいろ不思議なことなどがあった。
高台にある神社で、カニを見たことがある人って、他にいないでしょうね。(^-^)
橘の果実は女神さまの神紋であり、カニもアカトンボも、この黄橙色を思わせる色だ。


6年前に茨城県大洗の弟橘比賣神社に初めて導かれた時に、トンボの死骸を見させられて、女神さまが訴えたいこと、嘆かれていることがあると感じた。
それは、社殿が荒れ放題であることに理由があるのではないかと。

この件に関しては、あちこち書き散らしているが、2009年に書いたこちらのブログ記事が比較的体系的に書かれていると思う。
寄り道しても良いという方は、こちらを先に読んでください。
■大洗聖地巡礼〜オトタチバナヒメさま


http://instagram.com/p/tRknWyI2nd/
【聖地巡礼】走水神社にて。御祭神:日本武尊・弟橘媛命。At Hashirimizu Jinja.


私が今までの聖地巡礼で、どんな「神遣い」に出逢ってきたかは、こちらのページにまとめている。
■「神遣い」歴代ベスト10


そして、この荒廃した神社を何とかしてあげたいと、何度か通って祈り続けた。
そして、私の祈りが通ったせいかどうかわからないが、その後に神社の本殿などが修復され、小綺麗になった。


あの時の私の判断は、部分的には正しかったと思う。
だが、女神さまの悲しみの原因は、他のことにもあったのではないかと、今は感じている。
それは、「津波」だ。
私を守護してくださる神さまと同様に、東日本大震災が来ることをわかっていたのではないか。


3.11以降に初めて聖地巡礼させられたのが、10日後の弟橘比賣神社だったことからも、やはりいちばん先に行くべき聖地だということなのだと推測できる。
その時のことは、こちらの記事で書いている。


■大洗聖地巡礼〜オトタチバナヒメ


http://instagram.com/p/tRlhNBo2oO/
【聖地巡礼】弟橘媛命さまのレリーフの前で。神棚にお祀りしていて、神札をいただきに来た。With the relief of Ototachibana Hime, a goddes of seas.

海の女神さまとのご縁

オトタチバナヒメさまだけではない。
海を司り航海安全を守護されるような女神さまが、世界各地にいる。
たとえば中国では、生前に有能なシャーマンだった媽祖さまであり、インドネシア・ジャワ島ではニャイ・ロロ・キドゥルという畏れ敬われる女神さまがいる。


津波鎮静の祈りは、このような女神さまが祀られた聖地へ行き祈ると良い。
私は水の神様にご縁があると、これまで何人かの霊能者やシャーマンに言われたことがある。
また、前述のような海の女神さまにもご縁があるようなのだ、
オトタチバナヒメさまは、実は龍宮に関係した女神さまのようだ。


http://instagram.com/p/tRoZTmo2qT/
【聖地巡礼】【愛弥美】走水神社にて。どこへ行っても可愛いと大人気。People say "kawaii" in anywhere.

走水神社

以前にサルちゃんと一緒に巡礼していたかどうか忘れてしまったが、鳥居の前に来て、前に来たことがあると思い出したようだ。


上記のような伝説もあるため、訪れる人も多いのだろうが、江原啓之さんが本で書いてから参拝者が増えたのかもしれない。


重いタンデムベビーカーを石段の下に置いて、愛弥美を抱っこして上る。
いつものように、宇宙全体の平和や地域のための祈りや、地震鎮静を祈る。


http://instagram.com/p/tRknWyI2nd/
【聖地巡礼】走水神社にて。御祭神:日本武尊・弟橘媛命。At Hashirimizu Jinja.


いつも指摘しているように、普通の人々が祈る長さは一瞬に近く、あれでは「祈りを通す」ことはほぼ困難ではないか。
とは言っても、この日の2社のように参拝者が多く、後ろで待たれていると、そういうわけにも行かない。
私はいつも、サルちゃんや龍矢と一緒に二礼二拍手一礼をして短く祈ってから、一人で左脇に避けて他の人の邪魔にならないようにして続きを祈る。
自分で「これで良い」と感じるまで、5分でも10分でも祈ることもある。


2年前の2012/01/02に、朝起きて寝床でまどろんでいた時に、突然「まぼり、つなみ」という言葉が頭に浮かんだ。
また、昨年3月なや、毎朝お参りする平和島駅近くの美原観音で祈っていて、「さがみ」という声が聞こえたか、または頭に浮かんだ。
いつか大地震が起きて、馬堀海岸が津波に襲われるということなのか。


本殿近くに展望台で、しばらく休憩。
房総半島が霞んで見える。
社務所で神札をいただいて、失礼する。

江の島

バスで馬堀海岸駅へ戻り、市営地下鉄、小田急線に乗り継いで、2時間かかって片瀬江ノ島駅に着く。
帰りのロマンスカーの座席指定を取り、江の島へ歩き出す。
途中の観光案内所で、ベビーカーで江島神社の奥宮まで行けるかと聞くと、畳んでエスカーに乗れば大丈夫だという。


サルちゃんたちは、途中でしらす薩摩揚げを買って食べて美味しいと言っている。
断食中で羨ましいが、もう慣れているので空腹で歩けないということはない。


聖地巡礼の時に断食をするようになったのは、恐らく「後ろの存在」よ指示によるものだと思う。
かつてイスラエルインドネシアなど海外へ聖地巡礼の旅に出る度に口内炎になってものが殆ど食べられなくなるので、これは断食しろということなんだろうと悟った。
それ以来、聖地巡礼先に着く前にものを食べることは、ほとんどなくなった。


満腹状態で祈っても、祈りを通すことは難しい。
断食を始めて、そのことを痛感した。


http://instagram.com/p/tW_gIxo2tk/
【龍矢】江の島で。In Enoshima island.

初めてのエスカー

エスカーなるものに、初めて乗った。
最高地点にある奥宮まで上るエスカレーターだ。
最後まで行く場合の料金は360円。


普通の時にエスカーなど使ったら、後ろについている人にこっぴどく怒られるだろう。
聖地巡礼する時には、決して「楽をしよう」と思わないことだ。
車で神社仏閣まで乗り付けるなどということは、よほどの事情がない限りはしない。
茨城など交通の便が悪いところなどは、1日10キロ以上歩くこともある。


聖地巡礼は、基本的に16時前に終わらせる。
多くの神社がなぜその時間に閉まるのかというと、霊的な意味で祈るに適した時間ではないからだ。
夕方にその日初めてものを食べられる。
それでも、夕食が近づいている時にはパン1個ぐらいで済ませることも。


エスカーは、通常のエスカレーターと同様に、ベビーカーでは乗れない。
子供を降ろして乗るのは許されるが、エスカレーターの幅が狭いので畳まないと難しいだろう。


ベビーカーを畳んだ状態で乗り場に置いておくことはできるが、預かってくれるわけではなく、万が一盗まれても責任は取ってくれない。
二人乗りベビーカーなので畳んでも降りる時に大変だとサルちゃんが言うので、そうすることに。
この子は頭の回転が早く、こういう時には言うことに従っていればほぼ間違いはない。


抱っこ紐で私が愛弥美を抱っこして、エスカーに乗る。
辺津宮に着く。
いつも、このお宮が一番参拝する人が多く、列ができている。
ということは、多くの人々…恐らく江島神社に「観光」で来た人々…は、1ヶ所だけお参りして願い事をして、満足して帰るのだろう。
それでは、本当に江島神社にお参りしたことにならないのに!

江島神社

江島神社は、三柱の女神を祀るそれぞれのお宮から成る。
祭神は、島の西方の「奥津宮(おくつみや)」に多紀理比賣命、中央の「中津宮(なかつみや)」に市寸島比賣命、北方の「辺津宮(へつみや)」に田寸津比賣命を祀る。
この三女神を「江島大神」と総称する。

江島大神とは、福岡県の宗像大社や広島の厳島神社の御祭神と同神だ。
私はこの三社すべてへ聖地巡礼したことがあるが、この女神さまたちともご縁があるのだろうか。


江島神社の江戸時代までの御祭神は、弁才天さまで、弁天信仰のメッカだった。
今の御祭神に変えられたのは、明治時代の神仏分離の際に、本来インドの女神さまであり、仏教の天部に属する神様を神社に祀るのはマズイということだった。
今ではその弁才天さまも別にお堂を建ててお祀りしている。


うちの神棚にお祀りはしているのは、宗像三女神ではなく、弁才天さまの方。
ちなみに「弁財天」という漢字表記は大嫌いで、本来は「弁才天」が正しい。
それを、昔の人たちが「ざい」は「財」に通じるとして、勝手に財運のご利益があるとしてしまったのだ。


エスカーで最初に着く場所は辺津宮で、そのとなりに弁才天さまをお祀りする奉安殿(たいあんでん)がある。
そこで弁才天様の神札をいただき、旧年の神札をお納めする。


サルちゃんが参道の真ん中を歩いているので、正中を歩かないように注意する。
「センターは神さまが通るからダメだよ」と。
いままで度々言っていたが、すぐに忘れてしまうようだ。


中津宮と奥津宮でもお祈りして、奥津宮の隣の龍宮(わたつみのみや)にもお参りする。
1993年に創建され、龍宮大神をお祀りする社だ。


http://instagram.com/p/tSD1gko2u_/
【聖地巡礼】江島神社内の銭洗弁天で、コインをせっせと洗う母子。Washing coins at Zeni Arai Benten, Enoshima.


サルちゃんが、奥津宮でおみくじを引きたいというので、3人で引く。
サルちゃんは小吉、私は中吉、そして龍矢は大吉。
よくあるパターンだ。
正月などに家族でおみくじを引いて、いちばん小さな子供が大吉をいただいて「すごいな、おまえ」とお父さんが驚く。
なぜ子供は大吉をいただくことが多いのだろうか。
それだけ我がないことと、神々が子供が好きだからというのがあるのかもしれない。

東日本大震災

私は、「水」を司る女神さまに不思議とご縁がある。
特に海の女神さま。
それが、インドネシア・ジャワ島のニャイ・ロロ・キドゥルさまであり、中国の媽祖さまであり、日本の弟橘媛命(オトタチバナヒメノミコト)さまでもある。
また、本来はヒンドゥーの河の女神さまだが、弁財天(サラスワティ)様も神棚でお祀りしている。


以前に沖縄のシャーマンたちに「あんたは水の神様にご縁があるね」と言われたことがあるが、全くその通りだ。
面白いのは、ニャイ・ロロ・キドゥルさまも弟橘媛命さまも、海に身を投げて「アセンション」して女神になったこと。


弟橘媛命さまとは、東日本大震災の5年か6間年前にご縁ができた。
千葉・茨城・福島の海沿いを数十ヶ所周って地震津波鎮静の祈りを続けてきた。


このことを書いても反響がないので、信じる人は少ないということだろうが、私に聖地巡礼先を指示する存在は、3.11が起きることを当時から知っていたとしか解釈できない。
福一原発のすぐ近くの諏訪神社などでも原発事故と地震鎮静の祈りをしてきた。
そのことは、ブログで全部書いている。


そして、数ヶ月続いた巡礼シリーズが終わった直後に、「津波のヴィジョン」を見た…というか見させられた。
「お前が祈ってきたところで、数年後にこういうことが起きるぞ」
そういうメッセージだったのだ。


…ということを、あの時に悟っていれは…。
少なくとも、東北地方に住む探求三昧の愛読者の命を救うことができたかもしれないのに。


3.11から何ヶ月もの間、落ち込みから立ち直れなかった。
2004年のスマトラ島沖地震の前にも、海沿いのあるところで建物が崩壊するリアルな夢を見て、恐怖で目が覚めた。
それはちょうど、時間までピッタリ、地震発生の1週間前だった。
警告を悟れなかったのは2度目だったから、なおさら落ち込みが大きかった。


1995年にジャワ島に滞在していた時に、あることがあって、自分はこれから「神様のワヤン」として生きようと決めた。
ワヤンは、インドネシアのワヤンクリットの(操り)人形のことだ。
神の手足として、土地を浄めたり、地震津波など自然災害を鎮静する祈りをして周ったり、


その後、カミンチューのような女性から「帳簿」のようなものをもらった夢を見た。
琉球の霊的世界に通じてないと、「なんのこっちゃ?」だろうが。


奥津宮から戻る途中にある遊覧亭で、遅い昼食をとる。
私は、桜えび釜揚げしらす丼980円を、サルちゃんは江ノ島丼を龍矢と分けて食べる。
しらすが切れてしまって、人気メニューが食べられなかったのが残念。


片瀬江ノ島駅へ戻り、指定を取っていたロマンスカーで新宿へ。
私とサルちゃんは疲れきった旅だったが、龍矢は最後まで元気だった。


http://instagram.com/p/tSc2W-I2na/
【愛弥美】走水神社にて。At Hashirimizu Jinja, Kanagawa.



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