探求三昧(はてな支部) - 地震前兆/超常現象研究家・百瀬直也が地震・災害予知・防災・予言などを探求

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東日本大震災は予測されていた(4)夢予知


これは連載記事(不定期)で、東日本大震災東北地方太平洋沖地震)で、事前に地震を予測/予知/予言していた人や動物について紹介している。
第1回目は下記で書いている。


今回は、この地震の前に地震の夢(地震予知夢)を見ていた人々の例を集めてみた。
3月9日の東北地方太平洋沖地震の前震や3月11日の本震が発生した後で夢を見たというのでは、無意識での恐怖感によってそういう夢を見た可能性がある。
そういうケースは、原則として含めないことにする(例外あり)。
特に今回被災された方々の中には、そのような夢を見た人が多いのではないかと推測する。

11日に大地震と父に言われた

まずは、下記のokwaveの質問への回答として書きこまれたもの。


宮城県在住の人が、3月8日から9日にかけて予知夢を見た。
父親から「11日に地震が来る、備えておけ」と言われ、半信半疑だったという内容。
11日に、その人は一人で自宅の和室の自室のベッドに寝転がっていた。
最初に揺れが来て、即座に夢を思い出して「11日…!」と思って、すぐに玄関に向かいドアを開けた。
自分の部屋で机に座っていたら、間違いなく本棚などの下敷きになっていただろうという。
地震の夢を見た後に父親に夢のことを話していて、それを聞いていた父親も、地震が来てすぐに仕事場のドアを開け、誰よりも先に外へ逃げたという。


この夢の場合、何者かがこの人と父親の命を守るために、警告してくれたのだろうと私は考える。
たんなる夢にすぎないと思わず、地震が起きてとっさに行動に移したのが良かったのだろう。

宮城県の妊婦

次は、同じokwaveから、宮城県在住の妊婦の女性のケース。
3月9日の地震後に、うたた寝してたら大地震の夢を見た。
実家で、とんでもない揺れに見まわれる夢だった。
あまりにも怖かったので、避難バッグの再準備をし、夫と母に気をつける様にと忠告した。


11日、たまたま夫が夕方出勤だったため、食器棚の下敷きにならずに済み、近所の避難所で1週間過ごした。
本人曰く、これは予知や予言ではなく、単なる偶然だと思うとのこと。


たしかにこのケースでは、9日の前震の後で見た夢なので、その地震から来る恐怖感が無意識に影響したという可能性もあるだろう。
判断が難しいところだ。
夢予知だったという可能性も、捨てきれないが。
妊婦ということで、特別に守護する存在が心配していたのかもしれない。

2週間前に見た宮城県の主婦

次もokwaveの回答から、宮城県に住む主婦。
地震が来る2週間程前に夢を見た。
巨大な地震ががおこり、津波が家まで来てなんとか子供を家の中に引き上げる夢をみて、目が覚めた。
目が覚めた後も恐ろしさに自分の体が凍りついた様に冷たく、生きた心地がしなかった。
夫に話してしまうと現実になりそうで怖く、話すことができなかった。
ただ「怖い夢をみた・・・話すのも怖い・・」とだけ伝えた。
それから毎日、目覚めの悪い夢で目が覚めていた。
家のまわりにはカラスが不気味な円を描きながら飛び、雀も見かけなくなった。


11日の地震当日、家で飼っている犬が何度も吠えるので何度も様子を見に行った。
「何かを伝えたいのか、もしかして大きな地震が来るのか?」と思い、恐ろしくなった。
それから1時間で地震が来た。
地震が来て自宅は波に呑まれたが、自分と家族は無事だった。
地震を伝えてくれた?犬も助かった。


このケースの場合、明らかに11日の地震の警告としての夢だったのではないかと思う。
そして、その夢はそれを見せた存在が意図した通り(?)、ある程度の「効果」はあったようだ。

予知能力者が見た夢

次もokwaveで、福岡在住の人から、富山に住むお兄さんの話。
兄は日頃から予知能力を発揮していて、今回の大地震を約35時間前に夢で見たと報告があったという。
3月10日の朝方の夢で、円柱型でピンク色に発光している燃料棒が溶け出している状態をはっきり見た。
同時に別の原子炉も同様の状態だった。
夢の中では、それは福島の原発であると確信していた。
その原発を停止しなければ大変なことになると思い、目が覚めた。


起きてから日頃透視しているやり方でみると、このことは重大な災害で時間がないことを感じた。
透視の結果は、原発の危機、地震津波、規模はマグニチュード8.8、津波の高さは10m〜17m、範囲は三陸海岸から茨城周辺までと見えた。


翌日(3/11)の朝5時頃、透視を再度試みた。
その結果、11日の正午から14時までに海抜100mから150mの高いところに避難する必要があると感じた。
警察、消防、市町村長が速やかに避難対応できなければ、2万〜3万人規模の犠牲者が出るとの危機感を強く感じた。
その後、夜勤明けで朝9時頃に仕事が終わり、この重大な予知を新聞社に連絡しようと思い、帰宅途中のところにある北日本新聞社本社まで行ったが、急に寒気がし、連絡することを断念して帰宅し、就寝した。
目覚めたのは3/11日16時過ぎで、テレビのスイッチを入れて、自分の夢と透視が当たっている事にびっくりした。


この投稿者は、証言の責任を取るために敢えて実名を記している。
この人のお兄さんは、小さい頃から自分の予知や透視能力を自覚していて、周囲の人々に知られていたという。
今までの予知の実例としては、鳥海山(山形秋田の県境)の噴火予知を1ヶ月ほど前に当てたことがある。
これからの未来のことも見えているが、細部の事象については公開すべきでないというので発言を控えているという。
暗示できることは、これからは国内的にも世界的にも多難な時代に突入する可能性があることだと。
その困難を克服するためには、日本の政治、経済中枢を一箇所に集中している現状から分散するようにすべきという。


私は上記の文章を読んで、首都圏に大地震のような自然災害が襲うことを意味しているのではないかと感じた。
それは多くの地震学者が言うように、「いつ来ても不思議ではない」ということからも、強くそう思うのだ。
もっとも、それはこの夢を見たという人の話が真実であったならばの話で、これだけの情報ではその判断をすることは難しい部分がある。
報告者が敢えて本名を出してまで知らせようとしていることに、誠実さを感じるということはあるが。


自分の夢の例(スマトラ島沖地震津波の予知?)

参考までに、私自身の予知夢(?)のケースを紹介しておく。
これは、もう6年以上前の話で、今回の東日本大震災とは関係ないが。
2004年12月に発生した、スマトラ島沖地震津波の予知夢だ。
詳細は、下記の2つの記事で書いている。
両方とも、スマトラ島沖地震が発生する前に書いたものだ。
最初の記事では、地震の夢があまりにもリアルで恐怖感があったため、日曜日の昼頃に目覚めた直後に日記に書き記したものだ。

その後に、下記に書いているようにダウジングをやってみたが、その結果はけっこう「はずして」しまっていたようだ。


その後に、ネット上で調べてみると、同様に地震の夢を見た人がけっこういたことを知った。
そのことを、下記の3日後ぐらいの記事で書いている。
多くの人が、インドネシアではなくて東京など日本で起きた地震だという想定の夢を見ているのが興味深い。


これらの記事を思い出して、思わずため息が出てしまった。
私を含めて、自分に危害が加わるわけではないが、大災害が起きるという警告を与えられていたのだ。
あの時、世界のどこかで大きな地震が起きるだろうと悟って、日々祈っていたら、どうなっていただろうか。
もちろん、自分一人の祈りで大地震が収まるなどとは思わない。
だが、自分にできることはあったのではないかと思うと、後悔の念が湧いてくるのだ。


そして、夢を見てからちょうど1週間後に(時間までほぼ一致していた)、インドネシアで大地震津波が起きてしまった。
その日に書いたのが、下記の記事だ。


上記の2004/12/19の最初の記事で、私はこう書いた。

目が覚めた後思ったことは、自分はこういう地震の啓蒙もやっていく役目を負わされているのだろう、ということ。

このことは、いま読みなおしてみても、それほど「はずして」いないと思う。
いま考えてみると、この時に自分の人生は決められたのかもしれない。


この時に見た夢は、状況からしても明らかにスマトラ島沖地震を示唆していたのだろうが、その解釈がちょっと適切ではなかったようだ。
だが、「仕事で行った場所で起きたというシチュエイション」は、確かにその通りだったのだ。
(1994年〜1995年に、インドネシア・ジャワ島で開発の仕事をしていた)
それとも、いずれ東京あたりでも同様のことが起きるから、今のうちに注意しておけということなのだろうか。
あんまり考えたくない可能性ではある。

夢以外のヴィジョン

夢ではないが、いままでの人生で、「ヴィジョン」を何度か見てきた。
いずれの場合も、ほんの1秒かそれ以下の一瞬に垣間見たものだった。
たとえば、これから生まれてくる子どもが女の子だというビジョン。
それで、女の子だと確信して女の名前しか考えなかったところ、本当に女の子が生まれてきた。
家の中で蛇や蜥蜴が這い回っていたりするのを見ることもある。
もっとも、これは予知ではなく、錯覚というか幻視かもしれない。
シャーマンから「守護神」と指摘されている存在が、下半身だけチラッと見えた(ような気がした)ことも何度かあった。
(白い袴を履いていた)


そして、最近も紹介した津波のヴィジョン。
下記で書いているが、東日本大震災津波の警告だったのではないかと感じている。
(「津波のヴィジョン」の小見出しのところ)


【続く】(不定期連載)


次の(5)はこちらです。


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