探求三昧 by 百瀬直也 - 地震前兆研究家の地震予知・地震予測関連ブログ

地震前兆研究家の百瀬直也が地震予知・予測・予言・体感などを探求する

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震災と原発からのサバイバル

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3/24頃から、仕事が多忙で読んでいない新聞がたまりに溜まっていた。
それを、昨日から少しずつ読み通した。
毎晩遅くに帰宅して、新聞を読む暇もないほど忙しかった。
その中から、気になった記事を拾い書きしてみることに。


3/25(金)の朝日新聞の朝刊には、「大津波 東電甘い想定」という見出しが。
東電の想定は甘い」という警告は、すでに専門家から繰り返されていた。
2009年6月、古い原発の耐震性を再検討する専門家会合で、過去にあった大津波の対策がなされていないことを激しく指摘された。
東電もそれを認めていたが、対策はなされなかった。
869年の貞観(じょうがん)津波では、M8.4あったと1990年に推定された。
これに対して、東電が想定していた津波はM7.9規模で、約6倍の規模だった。
津波は決して「想定外」ではなかったというのだ。

原発の建設地選びに問題はなかったか

だいたい、沖合いにプレート境界がある東北の太平洋岸に原発なんて作ったことが大きな問題だ。
福島原発では、地震津波の両方で被害が出た。
重大な責任問題を問われなければならない。
誰もがそう思うだろう。
福島原発は、沖合いにプレート境界があるとは知られていなかった40年以上前の設計だった。
それでも対策をなさなかった東電の対応は、犯罪的と言っても過言はないのではないか。
耐震性を見直すべきだという声は、90年代からあがっていた。
だが、当時はまだ原発の新設が続いていて、産業界から、計画が一段落するまで変えるなと圧力がかかったという。
それならば、「産業界」にも重大な責任があるだろう。
その後、2006年に耐震指針が全面改定された。
そして既存の原発のチェックの作業の最中で、今回の震災が起きてしまった。


前述の貞観津波があった9世紀には、大地震が相次いだ。
現在は、この時代に似ているかもしれないという声もある。

原発事故など「起きるわけはない」

3/25の朝日の朝刊には、現在の原子力開発機構で研究室長を務めていた笠井篤氏の話も載っている。
笠井氏が1959年に入室した当時は、原発事故などは百万分の一の確率で起きるものと捉えられていたという。
研修の場で話をしても、「起きるわけがない」「日本の技術は世界一」との反応が多かった。
今回の福島原発の事故では、情報の開示が足りないとも言われている。


3/26(土)の朝刊では、福島原発の非常用を含めた電源損失について、驚くべきことが書かれている。
原子力安全・保安委と原子力安全委員会の両トップが、そのような事態は「想定できない」と語っていたのだ。
日本の原発は、そういう危機意識の欠けた人々によって作られてきたのだ。
重大な事故につながるという意識が足りない人々に任せた結果が、今回の惨事を呼んでしまった。


ドイツでは、原発停止を求めて25万人規模のデモがあった。
フクシマが起きた以上、止めるしかない」
タイでは、アピシット首相が原発計画の見直しを示唆している。
原子力に頼らない代替案もある」と。
日本も同様だろう。
条件的な違いはあるだろうが、米国ができているのだから。
一度には現実的に無理でも、少しずつオールターナティブ・エナジーを検討すべきではないか。

原発を許して後悔の念

3/29(火)の朝日新聞の朝刊には、「原発選択 後悔の念」の見出しが。
福島県双葉町は、さいたまスーパーアリーナに町機能ごと移転している。
地元に雇用を生み出し、
多額の金を落としてくれる原発に、町も議会もすがってきた
その選択は正しかったのか、と。
40年前の1971年。
第一原発が稼動した時、出稼ぎの町だった双葉町にとって、原発は金の卵を生むニワトリだった。
だが、そのニワトリがもたらした代償はあまりにも大きい。
経済発展の名のもとで、あまりにも大きな犠牲を払ってしまった。


『「絶対に安全」と言われてきた原発』と朝日新聞の記事に。
なに言ってるんだろうね。
人間のやることに絶対なんてないのは分かりきっているのに。
非常用電源が役に立たなかったのも、設計があまりにもお粗末と言わざるをえない。
いつも、人間はコンピュータに比べるといい加減とか書いているが、
そのいい加減な人間が作り出すコンピュータも、もちろん不完全。
コンピュータ屋が、いちばんよく知っている。

原発の前で祈ったこと

2005年9月に、その双葉町へ行き、原発に近い神社で祈った。
「6年後にこういう災害が起きるから、よく祈っておくように」などと、教えてはくれない。
せめて夢にでも見させてくれればと思うが、霊力の足りなさ故かもしれない。
今考えてみると、あの頃に福島県茨城県の海沿いをずっと聖地巡礼させられてきたのは、理由があったのだ。
もっと真剣に祈っておくべきだったと、後悔しても遅すぎる。


あの一連の聖地巡礼は、なんだったのだろう。
自分の無力さが悲しくなる。

廃炉まで長い道のり

4/1(金)の朝刊より。
廃炉 長い歳月」という見出し。
事故を起こした福島原発では、難題が山積みだ。
まず、廃炉にもっていく前に、いろんな困難が伴う。
すべて終えて更地にするまでに、最低20〜30年かかるだろうと専門家の意見。
人類は、まったく大変なお荷物を作りだしてしまった。

地震と火山が活発化する日本

3/11のM9.0の地震以降、関東から九州まで13野活火山の周辺で、地震が活発化している。
富士山の近くでは、3/15にM6.4の地震があった。
箱根山周辺では、1週間で1050回の地震があった。
巨大地震後に火山の活動が活発になるのは珍しくない。
過去には、東南海・南海地震が連動した1707年の宝永地震(M8.4)の49日後に、富士山が大噴火している。


地震も連動するもの。
特に、同一のプレート境界付近が震源になる地震に気をつけたい。

マイホームを失っても

マイホームのローンが残っている家が津波で流された家庭。
それでも、命が助かれば道は開ける。
地震保険は、これからマイホームを持つ家庭で必須のものになるだろう。
でも、人間がつくりだすもので、たしかなものなんて何もない。
それがこの世界、それが人の一生。
聖なる存在に身をまかせることによってのみ、「たしかなもの」は得られるかもしれない。
You know what I mean.

埋立地、どれだけの「想定外」が?

この大地震が多い国で、埋立地という厄介なものを作ってしまった日本。
首都圏を大地震が襲った時には、その被害の程は計り知れない。
どのくらいの「想定外の事態」が起きるのだろうか。
液状化現象で、高層ビルはどれだけ耐えられるのか。
歴史が経験したことのない大震災に、どれだけ妥当な「想定」がされているのか。


今回の津波でも、海辺から4〜5キロ内陸でも被害が出ていた。
何度も書いているが、東京の0メートル地帯やウォーターフロントは、津波液状化現象の二重の恐ろしさが待っている。
今のうちから逃げられれば、それに越したことはない。

サバイバルは「知ること」から

たとえば、津波のことをよく知ることによって、生き残れる可能性が見えてくる。
被災地では、車の渋滞が被害を拡大した。
渋滞でなくても、津波の時には車は危ない。
簡単に流されてしまい、どこかに激突すれば命はなくなる。
それなのに、実際は避難を促しても、車を降りる人はごく少数だった。
車なしでは生きられない(?)人々が、車と共に亡くなっていった。


津波が来たら、どんなに「横に」逃げても意味はない。
海辺から4キロ5キロ内陸に入ったところでも、津波は襲っている。


ここで紹介するYouTube動画は、もう多くの人々に知られているものだろう。
仙台で取材中に津波を体験したTV記者が撮影し記録したもの。
津波に対する十分な知識があったために、間一髪で生き残ることができた。
「なんで早く逃げないんだろう」と最初は思った。
最初の方は、あまり感心できない行動だった。
生きるか死ぬかの瀬戸際で、リアルタイムに映された貴重な映像。
特に海の近くに住む人々には、学ぶことが多いと思う。


◎【津波に襲われる記者が・・】 Tsunami hit Tagajou City Japan【宮城多賀城市

生き残った動物たち

今回の震災で、奇跡的に生き残ったペットたちもいた。
最初は、3週間後に、海上で救出された犬のケース。
ニュースでよく知られたもので、紹介するまでもないかもしれないが、飼い主に対面した映像もある。


◎3週間漂流犬飼い主と再会。


次のケースも、ネット上で話題になっているようだ。
これを報道しているTV局の人々は、なぜ助けようとしなかったのかという声も上がっている。
ここで、犬が「近づくな」というのではなくて、「友だちを助けて」と言っているように思えるのだが。


東北地方太平洋沖地震 被災した犬たち stricken dogs in Tohoku Earthquake



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