探求三昧 by 百瀬直也 - 地震前兆研究家の地震予知・地震予測関連ブログ

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スピリチュアルな出逢いの場

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今日もまた、男女の出逢いということを考えてみたい。
スピリチュアルな観点から見て、男女の出逢いがどういう時に起きるのか。
それを今日のテーマとしたい。
自分にもまた「出逢い」が必要になってきそうなので、他人ごとではない。


いつも書いているように、スピリチュアルな意味合いでの男女の出逢いは、偶然に起きるものではない。
何らかの「お膳立て」がされるからこそ、起きるのだと思う。
自分たちを守護し、導いてくださる存在に感謝しなければならない。

守護霊との関係

最近、男女の出逢いについてブログで書いている関係で、家にあるその手の本を読み返してみた。
といっても、この手のことを書くのはだいたい決まっている。
あの故人となられた宜保愛子さんだ。
この人の主張するところをすべて受け入れているわけではないが、この問題を考える上で参考にはなる。


宜保さんによれば、人間と守護霊の関係は「ギブアンドテイク」だという。
つまり、受け取るばかりではダメで、向こうにも何か与える必要がある。
それは何かというと、宜保さんが言っている「供養」ということになる。
現世で生きている人間が守護霊を供養することによって、向こうもエネルギーを得て元気になり、こちらを助けてくれるようになる、ということだ。
ちなみに、宜保さんの場合、守護霊は誰にでもついているわけではないと言っていた。
このへんが、意見が別れるところだろう。


霊といっても神仏とは違い、死ねば誰でも行けるような世界の住人だ。
なので、そういう存在がギブアンドテイクでやっていると言われれば、そうなのかもしれないと思う。
もっとも、本当に無償の愛的に何ら代償を求めずにいろいろやってくれる存在もいるかもしれないとも思うが。

出会いの場

いわゆる「出会い系」と呼ばれるサイトでは、本当の意味でのカルマ的導きによる出逢いというのは、意外と多くはないのではないか。
自分の経験からしても、そういう感じがする。
まず、一般のそういうサイトに、スピリチュアルなことに目を向ける人がどれだけいるかという問題がある。
私のような人間が必要としそうな女性をそういうところで探すのは、砂漠で落としたダイアモンドを探すようなものだ。


私の場合、過去を振り返ってみると、ネット上での出逢いというのがすごく多かった。
ただし、インターネットとか、それ以前にあったパソコン通信が利用できるようになったのは、せいぜい20年かそこら前からだ。
それ以前に遡ると、当然ネットでの出逢いではなくなる。


一般的に、出逢いが多く起きるのは、学校や職場といった、日常的に生活していて人々と関わる場だろう。
それ以外には、趣味などの活動の場で出会う場合もある。
あるいは、出逢った彼氏が、友達の友達の友達だったというような、人間関係のコネクションを通じて紹介されたというケースもある。

ネット上での出逢い

いずれにしても、このような自分の活動範囲内の人間関係などでは、出逢える可能性の範囲も限られてくる。
そういう意味では、インターネットの存在というのは偉大だ。
ここに居ながらにして、世界中の人々との出逢いの可能性が開けてくるのだ。
特に私のように、日本人だろうが外国人だろうが同じ人間だから違いはあまり気にしないというような人間にとっては。
もっとも、そのためには語学というものが重要になってくる。
日本語しか話せないというのでは、いつまでたっても日本語を話せる人としか接点ができないことになる。
少なくとも、インターネットの時代にはせめて英語ぐらいできないと、いろんな意味で問題が出てくる。
私は別にそれを見越してのことではないが、大学の時に英語を学んで、結果的に本当に良かったと思っている。
発音は良いとは言えないが、英語を話せる人々と意思を通じ合うことはできる。


ネット上での出逢いが偉大なのは、人との出逢いということでは、それ以前に較べて革命的変化をもたらしたことだ。
たとえば、以前に私はチェコの女性と交際していた。
彼女との出逢いは、インターネットがあったからこそ可能となった。
もしこれがまだなかったとしたら、今生でも出逢えていなかったかもしれない。
もし彼女との間に、プラスでもマイナスでも、たとえ短期間でも出逢うべきカルマがあったとしても。
いや、必ずあったのだろうと思っているが。
もしネットによる出逢いの場がなかったら、今生で私がチェコなどという国に興味をもって、自ら進んでその国を訪れる可能性なんて、非常に低かっただろう。
お互いに男女の関係は全く考えていなかったというか、そういう関係にはならないと向こうから釘を刺されていたが、結果的にそうなった。
それを考えると、インターネットができたことによって、「人間関係のカルマの成就は加速度的に早まった」と言えるかもしれない。


いろいろ書いてきたが、スピリチュアルな世界に通じている人が、何らかの「運命の出逢い」を期待するならば、やはりネット上での出逢いの場合を探求することが重要ではないだろうか。

自分の経験から

私の経験では、いままでの人生で、何人かの女性と特別な関係にあった。
そこには、日本人だけでなく、外国人も含まれている。
いま、彼女たちについて振り返ってみると、そのほとんどは、やはりネット上で出逢っていた。
ネット上ではない出逢いによって交際に至った相手は、わずか数名だ。
もっとも、その中には、外国の地で出逢っているケースもあって、これはまさに運命的な出逢いによるものだっただろう。
もし相手との間に過去生からの出逢うべきカルマがあるとすれば(そうに違いないが)。
何が言いたいかというと、つまりインターネットというものは、人間の霊的成長を加速度的に早める可能性を秘めているということだ。


自分のいままでの経験でいうと、ネット上での出逢いといっても、いわゆる変なサイト上で出逢ったわけではない。
何をもって「変なサイト」というかというのもあるが、いわゆる「ごく短期間の関係」を求める男女が多くいるところ、というような意味だ。
そういうところでは、特に女性の場合は犯罪に巻き込まれたりする可能性があったりして、リスクも大きいだろう。
そのような場所でスピリチュアルな出逢いが起きる可能性なんて、それこそラクダが針の穴を通るよりも難しいのではないか。


また、出会い系でなくても、たとえば自分が運営するWebサイトやブログを訪問した人との出逢いというのもあり得る。
私の場合も、そうして結婚にまで至ったこともあった。

お願いすること

私の場合は、やはりいろんなカルマ的要因によって、女性に出逢わされることがとても多かったように思う。
もっと霊的修行を積んでいけば、そのようなカルマの泥沼の中で苦しまなくても済むようになるのだろうが。
私の今生では、異性関係でカルマを解いていくという目的が人生で大きなウエイトを占めているように思われる。


どうしても自分には運命的な出逢いが訪れないと嘆く人もいる。
そういう場合、ひとつの対策として、たとえば私のように海外に目を向けてみるというのもあるだろう。
もっとも私の場合は、日本では女性に相手にされなくなったというのが大きいのだが。;;


やはり、自分の信ずる神仏や守護する存在に、お願いすることも大切だろう。
もっとも、私の場合はお願いなんてしたことはないが。
何らかの信仰をもつ人ならば、その神仏にお願いするとか。
特定の信仰がなければ、たとえば縁結びでご利益があり自分が縁ある神仏にお願いするとか。
私の場合、そういうお願いをしないのは、自分の人生をすべて神に全託しているからだというのもある。
そういう人間は特殊なケースで、やはり普通は人間以上の存在にお願いするというのが大切だろう。


もっとも、たとえ相手が神仏であっても、ある意味での「ギブアンドテイク」が必要であることはお忘れなく。
人間だって何か親切を受ければ何らかのお礼をするように、神仏に対しても同様だ。
宇宙創造主ならば無償の愛で動いているからそういう特別なお礼は不要だろうが、そういう上位にいる神々になるほど、個々の人間の願い事を簡単に叶えてくれなくなる。
やはり、キリスト教のような特別な信仰がない人は、もうちょっと下の方の、人間に近い存在に頼んだ方が無難かもしれない。


国際版 あなたの守護霊

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