探求三昧(はてな支部) - 地震前兆/超常現象研究家・百瀬直也が地震・災害予知・防災・予言などを探求

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インドネシア不思議体験ベスト10


この前のベスト10シリーズはあんまり反響なかったようだ。
でも、面白いと思う人もいるかもしれないので。
あと1回だけやって、これも反響なければこれでやめます。
いつも反響によって(ニーズに応じて)書くものを決めているので。


1994年からのべ1年半にわたって、東ジャワの田舎町マディユンへ派遣されて働いた。
翌年に、ジャワ人の彼女ができて、二人でいろいろと不思議な体験をした。
彼女が霊媒体質だということもあったけれど。
インドネシアでは、不思議なことが本当によく起きる。
自分やまわりの人が体験したもののなかから、ベスト10を選んでみた。

(1)婚約者がカミソリの刃を食べた

ジャワ島での仕事が終わって帰国した後の、1997年のこと。
当時の婚約者だったDと、バリ島とジャワ島を旅した。
バリで彼女が、私の眼の前で、いきなりカミソリの刃を食べてみせた。
信じがたいことだが、実際に目の前で見たのだから信じざるを得なかった。
その時のことは、下記のノンフィクション作品で書いている。

(2)直也の危機を察知した彼女

私はなぜか、いままで付き合った女性がすべて霊感が強かった。
そういう女性を選んでいるわけではなく、後でわかるのだ。
ジャワ人のDは、中でもいちばん霊感が強く、不思議な子だった。
1996年4月10日、ジャワ島で働いていて、ストレスと疲労の果てに腎臓結石を患ってしまった。
その頃Dは、マディユンから150Kmほど離れたスラバヤで働いていた。
スーパーへ出勤の準備をしていた彼女は、突然に吐き気がするような不快感を覚えた。
直観的に、「ナオヤの身の上に何かが起こったのではないかしら」と思った。
そして下宿に電話して、私が入院したことを知って駆けつけてきた。
下記の作品で書いているように、同じようなことが、もう一度あった。
「こんな子と結婚したら、浮気もできない」と思ったものだった。
だが、その後、立場が逆になってしまって、それが別れるきっかけになるとは…。
彼女に未練はないが、この話を読むと、いまでも感動を覚える。

(3)部屋の中で芳香が漂ってきた

これも、同じノンフィクション作品に書いているもの。
ちょうどバリ島で、ジャワの「南海の女王」ラトゥ・キドゥル様と「女神の使者」になる儀式を終えた後だった。
ジャワ島へ渡り、スラバヤの彼女の自宅で、風邪を引いて寝込んでいた。
部屋に入ってきた彼女が、「いい香りがするわよ!」と叫んだ。
それは、あのバリ島の女神さまの部屋で漂っていたのと同じ、海の香りだったのだ。
窓の外から入ってくるのかと思ったが、そうではなかった。
ラトゥ・キドゥルさまが、私を心配して来られたのだろうか。
これは、ジャワの南海を支配する存在がいるのだということを私が信じる根拠の一つだ。

(4)写真に写らない牛の像

中部ジャワに、世界遺産のプランバナン寺院群がある。
ヒンドゥー教の三大神のためのチャンディ(霊廟)だ。
そこへ、出逢ったばかりのDと二人で訪れた時のこと。
彼女が、デワ・シワ(シヴァ神)の乗り物である牛のナンディ像を見たときに、周りの人々の噂話を耳にした。
以前にこの牛の像を写真で撮ったら、写っていなかったという人が何人かいたのだ。
帰宅してから、まだ彼女と出逢う前にプランバナンで撮影した写真を見てみた。
すると、たしかにナンディ像の上半身が真っ黒で、まったく写っていない。
帰国後に、何人かのプロカメラマンに写真とネガを見せたが、首をかしげるばかりだった。

(5)霊の声を聞いた

1995年7月、ジャワ島で彼女と二人で下宿していた時のこと。
ある日、目覚めたばかりの寝床の中で、「ブカ」または「ムカ」という声が耳元で聞こえた。
部屋には他に誰もいない。
後でドゥクン(ジャワのシャーマン)に聞いたところでは、かつてこの家に下宿していた男の霊だという。
この家が好きで、何か未練があったようだ。
だが、そのドゥクンが別件で霊的に家を封じていたので、裏口から家に入れなかったのだ。
それで、私に「ブカ(開けてくれ)」とささやきかけたのだろう。
ちなみに、下記の話に出てくる「黒い人」というのは、長くなるので説明を省く。
興味ある人は、「第95回:黒い人騒動(1)」から読んでください。
私の場合、喉のヴィシュダチャクラがある程度動いているので、霊聴を体験することもある。

(6)ご先祖さまからのお知らせ

朝、下宿でお祈りをしていて、やたらと鼻がかゆくなった。
何かご先祖さまからのお知らせではないかと直観した。
そして、その日が父の命日であることを思い出した。
別の時には、オフィスで何者かに耳たぶを触られたこともあった。
お彼岸の中日か何かの日だった。
ご先祖さまが、供養と供物を要求していたのだろう。
インドネシア滞在をきっかけとして、帰国してからもたまに耳たぶを触られるようになった。
ご先祖さまか守護霊が何か伝えたいことがあるときの「合図」のようだ。

(7)女神の神使(かみつかい)の蛇が出現

これは「神使」歴代ベスト10」でも書いた。
恋人Dと、バリ島とジャワ島を旅した。
バリ島サヌールのホテル、グランドバリビーチのコテージ2401号室でお祈りをした。
ジャワ島で畏れ敬われる女神ラトゥ・キドゥルに捧げられた一室だ。
その後ホテル前の海岸を二人で歩いていた時だった。
前方に、体長5〜60センチほど、太さ1センチほどの金色に輝く細い胴体のヘビが佇んでいた。
二人を見るなり、海の方へとすごいスピードで去って行った。
神使というよりも、「女神さまの化身」なのか。
この前日、ホテルの女神さまの部屋で、彼女と二人でインドネシアの平和を祈願した。
そして、バリの僧侶であり霊能者のウィリャ氏によって、私がインドネシアと日本を結ぶ「女神の使者」になるように女神に請われていると言われた。
Dいわく、もう女神さまの子供になったようなものだとか。
そういう二人を歓迎してくれたのだろうか。

(8)雨に降られない不思議

私の聖地巡礼では非常に頻繁に起きる「不思議現象」だろう。
いま思えば、これはインドネシアで始まったことだった。
1995年8月25日、仕事でインドネシアからシンガポールへ。
半日ほど観光する時間があったので、ホテルを出て歩き出す。
10分ほど歩いて、ヒンドゥー教のスリ・マリアマン寺院に着く。
寺院の前に着いたと同時に雨がポツポツと降り始め、5分ほど後で激しいスコールになった。
1995年10月22日、ジャワでの仕事が終わって帰国直前に、Dとバリへ行った。
二人でデパートで食事をして、外へ出ると、いままで雨が降っていたようだった。
3分ほど歩いてホテルに戻ると、5分とたたない内に激しいウジャン(スコール)が降ってきた。
こういうことの繰り返しだった。
この他にも、同じ作品や他の作品で同様の体験を書いている。
あまりにも多いので、別に「雨をとめられた不思議ベスト10」を書かなければいけないか。

(9)婚約者が呪いにかけられた

これはちょっと話が長くなり、簡潔にまとめるのが難しい。
Dは私と出逢ってから喘息にかかり、長いこと苦しんでいた。
いろんなドゥクン(シャーマン)に逢っても、真の原因はわからずじまい。
だが、その後に有能なドゥクンに出逢った結果、彼女の喘息などは「呪い」によるものだということがわかった。
そして、有能なドゥクンに呪いを解いてもらった。
それはそれは壮絶な体験だった。

(連載28にも続く。カミソリの刃を食べる話の前まで)

(10)ミルクを飲むヒンドゥー神像

これは私の体験ではないが、不思議な話。
スラバヤの書店に祀られたヒンドゥー教の神像が、ミルクを飲むという。
ぜひこの目で見たいと思い、Dと二人でスラバヤへ行った。
残念ながら、私がスプーンでミルクをかざしても、飲んではくれなかった。
この不思議な出来事よりも、書店を経営するナラインダス氏という信心深い素晴らしい人物を知ったことの方が自分にとって意義あることだった。


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Dは本当に困った子で、不思議な話ならばなんでも信じてしまう子だった。
だが、そういう子供のような純粋なところがあるからこそ、カミソリの刃を食べてしまえるまでになったのではないか。
インドネシアでの不思議体験は、あまりにも多いので、すべてを詳細に紹介しきれない。
いずれ本としてまとめて書こうと思っている。
カンジェン・ラトゥ・キドゥルさまについても、1冊の本として書かなければいけないかもしれない。


みなさん、ここまで読んで、どう思いましたか?
こんなおどろおどろしい世界に足を踏み入れたくない?
ぼくもそう思う部分がありますよ。
こんな妖しい世界、もう卒業したいと。
でも、なんだかんだ言っても不思議なことが好きなんでしょうね。
そこに「無限なるもの」へつながるものがあるからこそ、惹かれるのでしょう。
本当に高い霊的次元を目指しているインドネシアの人々は、いろんな形で修行をします。
また行かされることになって、内心どこかで喜んでいる自分がいるのかも。


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