探求三昧 by 百瀬直也 - 地震前兆研究家が地震予知・地震予測・防災等を探求

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近親婚とゾロアスター教

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以前に、東大寺の修二会(お水取り)とゾロアスター教のことを書いた。
tankyu.hatenablog.com


そこで、近親婚ということが頭の片隅に引っかかっていた。
ちょっと危険な領域に入るが、インセスト(近親○姦)をテーマとして書いてみたい。
(上で伏字にしているのは、変なサイトを探している人々に見つからないように)

山岸凉子の作品

近親○姦というと、山岸凉子の作品を思い出す。
まず、聖徳太子を描いた『日出処の天子(ひいずるところのてんし)』がある。
ここでは、蘇我蝦夷(そがのえみし)が妹の刀自古郎女(とじこのいらつめ)と近親○姦によって子を宿す。
刀自古はその後に太子の妃となり、蝦夷との間の子が聖徳太子との子とされてしまう。
限りなく妖しい作品だった。


『夜叉御前』も、鮮烈な印象がある。
たしか、娘が父に夜這いされて関係をもち、生まれた子供が奇形だったという結末。
普通の家庭で起きる狂気を表現している。
だが実際は、この漫画のように、そう簡単に奇形児が生まれてくるものではない。
もちろん、近親婚以外に較べれば、リスクを背負うことは確かだが。
このような作品が好まれる背景には、人間には奥底にタブーを破りたいという願望がある場合が少なくないのかもしれない。


恥ずかしいからあまり書かないが、「お凉さま」の作品は好きでよく読んでいた。
妹が買った『りぼん』を読ませてもらっていたのだ。
特に、妖しく恐い作品が好きだった。

インセスト・タブー

インセストを回避するためのインセストタブーは、人間の社会ならばどこにでも見られる。
また「タブー」ではないが、動物でもそれを回避する行動が見られる。
http://anthro.zool.kyoto-u.ac.jp/evo_anth/symp0104/nishida.html


上記サイトから引用する。

兄弟姉妹間の性交が起こらない理由として、「幼年時代の身体接触が、青年時に性的嫌悪を引き起こす」というウエスターマークの仮説は、人類学の野外調査から支持されている。

そういえば、インドネシアでは、男女の兄弟姉妹が同じベッドで寝ることが普通に行なわれている。
それでも、性的関係をもつようなことはないようだ。


上記ページの例では、人間に近い哺乳動物では本能的なインセスト回避があるようにも思える。
だが、それに反するような例もある。
これも、上記サイトから。

ただし、おもしろいことに、チンパンジーでは、発情した母親と離乳期の息子(4?5歳)との間の「挿入」は、たいていの母子ペアで起こる。むしろ、ノーマテイブな行動と見た方がよい。これは、母親の注目が離乳期の息子から大人や若者の雄に移り、心理的衝撃を受け駄々こね行動を示す息子を、母親がなだめる行動である。しかし、息子が若者期になる、つまり精子を作るようになると、交◯は起こらなくなる。


ちょっと表現が難解だが、人間にたとえれば、お母さんが父親や他の男と◯○◯するのを見て衝撃を受けた息子をなだめるために、息子にも「挿入」をさせてあげるということだろう。
もちろん、人間世界では通常は起こりえないことだが。
だが、その子供に生殖能力が付いてくる頃になると、その行動もやめてしまう。
ここにも、インセスト回避行動をとらせる本能的な何かがあるのかもしれない。
もちろん、息子を他のメスに目を向けさせる目的もあるのだろう。

インセストの回避がつくる社会関係

下記ページでは、中国のシンプアとイスラエルキブツという制度を紹介している。
この例では、子供時代を一緒に過ごした他人同士の男女が結びつく可能性が低くなることを示している。
http://anthro.zool.kyoto-u.ac.jp/evo_anth/symp0104/yamagiwa.html
 

インセストはなぜ「悪」なのか?

この世には、絶対的な「善」とか「悪」はないと考えている。
ある時代・地域・共同体内では悪であることが、別のところでは善になる場合もある。
例をあげれば、「某宗教」では略奪行為が許されている。
ただし、それは生きるか死ぬかという瀬戸際に立たされた場合に限るのだが。
その宗教の開祖自身も、略奪を行なっていた。
いまだに男女間の婚前交渉が許されていない国もある。
悪というのは、ある社会が何らかの理由によって、ある行為を悪であるとする規範を作ったということだ。


要するに、共同体全体にとって利益となるものが「善」で、その反対へ向かうもの、共同体の秩序を乱すものが「悪」とされた。
古代の農業共同体では「産めよ増えよ」で、全体の頭数が多くなることが望まれた。
そのためには、健全な形での子孫の繁栄の手段が必要となる。
ところで、ユダヤ教の戒律と神道祝詞の内容はなぜ似ているのか?

同姓不婚

韓国では、かつては「同姓同本不婚」という法律があった。
姓が同じで、かつ本貴(生まれた地域)が同じ同士だと、結婚できない。
近親婚を回避するためのものなのだろう。


なので、韓国の男女は、初めて出会ったときにお互いの本貴を聞きあうという。
もし姓と本貴が同じだと、その場で恋愛感情が消えるというが、どこまで本当なのか。
日本では従兄弟同士の結婚も許されるというと、ケダモノであるかのように見られるかもしれない。
いまでは法律の縛りはなくなったが、その習慣は消えていないようだ。
また中国でも、「同姓不婚」の風習がある。

養子ならば近親婚が許される

画家だった故・岡本太郎氏は、秘書だった岡本敏子さんを養女としたが、それは事実上の夫婦関係だった。
その事情を知るまでは、騙されて(?)いた。
養子に入れた子供と強引に関係を結ぶというのはモラル的に問題あるが、もちろん最初からそういう前提だったのだろう。
独身でも養子を取ることができるのだ。
岡本氏は、(表向きは)生涯独身を通した。
そして多くの女性との恋愛を志向し、敏子さんもそれを認めていたという。
血の繋がっていない場合は、近親婚も許されるという例だ。

レヴィレート婚(レビラート婚、Levirate Narriage)

夫が死んだ時に、妻が夫の兄弟と再婚する婚姻形態を、レヴィレート婚と呼ぶ。
また「逆縁婚」とも呼ばれる。
古代イスラエルでもあったが(申命記25:5)、それは「名前を残す」ことが重要視された結果だという。
同様の風習は、遊牧民族騎馬民族で多く行なわれていた。
日本でも近年(戦時中も?)まで、レビラート婚の風習があったという。
はたして「騎馬民族」がもたらした習俗なのか、それともイスラエルの民か?

ソロレート婚(Sororate Marriage)

これは、レビラート婚の逆。
妻が死んだときに、夫が妻の姉妹の一人と再婚する婚姻形態だ。
アフリカのツワナ族、中央アジアキルギス族などに例が見られる。
タイのアカ族では、レヴィレート婚とソロレート婚の両方がある。
ドイツ出身の共産主義者だったエンゲルスは、当時のヴィクトリア朝の性モラルに違反して、ソロレート婚を行なった。


素朴な疑問だが、レヴィレート婚やソロレート婚には「選択の自由」というものがあるのだろうか?
つまり、たとえば女性が相手を気に入らない場合に、断る権利はあったのだろうか?
まあ、それも地域性・民族性などによって異なるのだろう。
日本でも、一昔前では顔も知らない相手と結婚させられていたのだ。

ゾロアスター教の近親婚

一方、インセストが「タブー」ではない集団もあった。
ゾロアスター教では、親子・兄弟間の近親婚が善徳とされた。
そのことは、聖典『アヴェスタ』で明記されている。


この宗教は善悪二元論なのに、通常はタブーとされる近親婚が「善」とされることが興味深い。
「大善大功徳の行為」として勧奨されていた。
父と娘、母と息子、兄弟姉妹の結婚は、最高の善行だとされていたのだ。
理由としては、同族間の結束を強めるためだったらしい。
前述の「お水取り行事とゾロアスター教」の記事でも書いたように、日本書紀に記録されている斉明天皇4年に、乾豆波斯達阿(けんずはしだちあ)というトゥカラ人が渡来してきた。
彼は娘とともに渡ってきたのだが、実際は夫婦でもあったという。


念のために書いておくが、現在ではゾロアスター教でも近親婚が禁止されている。
http://www.fukuoka-edu.ac.jp/~tamaki/joyama/joyama2000/sbzm1.htm
 

古代日本の近親婚

古代の日本でも、近親婚はごく普通に行なわれていた。
特に、蘇我氏天皇家の間で近親婚がよく見られるようだ。
作成中の天皇家の系図の一部を下記に示す。
吹き出しはメモなので、あまり気にしないように。


この系図の左下に、聖徳太子が登場する。
これでもわかるように、太子の両親である用明天皇と穴穂部間人皇后は、異母兄妹だった。
二人の父は、欽明天皇だった。
しかも、二人の母は姉妹同士で、いずれも蘇我稲目の娘だった。
また太子の父の用明天皇もまた、蘇我稲目の子だった。
聖徳太子も、このような複雑に入り組んだ近親婚の結果として生まれているのだ。

ゾロアスター教ミトラ教

このことは、もし蘇我氏ゾロアスター教徒の渡来人だったとすれば説明がつくだろう。
聖徳太子が住んだ斑鳩の地は、「シリウス聖方位」によって建設されている。
建物や道路が、南北線上の真南から東へ20度傾いた方位に向いて造られているのだ。
この角度は、ペルシャの首都ペルセポリスでは、新年の真夜中にちょうどシリウス星が輝く方位なのだ。
そのことは、下記の記事の「シリウスの都」の部分でかんたんに触れておいた。
d.hatena.ne.jp


シリウス聖方位については、最近読んだ『封印された日本古代史ミステリー』(久慈力、学研)に書かれていた。
また、同氏の著書である『聖徳太子斑鳩京の謎―ミトラ教シリウス信仰の都』では、さらに詳しく書かれているようだ。
この本も取り寄せて読んでみたい。

聖徳太子と斑鳩京の謎―ミトラ教とシリウス信仰の都

聖徳太子と斑鳩京の謎―ミトラ教とシリウス信仰の都


Photobucket
【写真:ミトラ神(たぶん)】


このシリウス聖方位は、ミトラ教(ミトラス教)を信仰した古代の国々で共通に見られるものだ。
となると、蘇我氏ゾロアスター教徒だったが、聖徳太子ミトラ教徒だった可能性を検討しなければならない。
太陽神ミトラ(ミスラ)は、母との近親○姦によって生まれた子供だという。
ミトラ信仰にも、ゾロアスターのように近親婚とつながるところがあったのだろうか。
これから更に探究していきたい。



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