探求三昧(はてな支部) - 地震前兆/超常現象研究家・百瀬直也が地震・災害予知・防災・予言などを探求

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財布をなくして戻ってくる不思議


いままでの人生で、財布を落としたり失くしたりしたことが、何度もある。
注意散漫と言ってしまえばそれまでなのだが。
なくす度に、「まあいいや、しょうがない」みたいに、金に執着心がまるでないというか。
でも、「まあいいや」という想いとは裏腹に、その度に不思議と戻ってくる。
日本ならば、正直な人が多いので、あまり不思議ではないかもしれない。
だが、私の場合は、海外でもよくあるのだ。


いま、思い出すだけでも…
インドネシアで1回。
シンガポールで1回。
イスラエルで1回。
フランスで2回。
日本では…すべてを覚えていないが、何度か。

シンガポール

1994年からのべ1年半の間に、インドネシアに滞在して働いていた。
その頃に書いた日記を読み直していて、財布を失くしたことを思い出した。
仕事の関係で、ジャカルタからシンガポールへ、とんぼ返りした時のことだった。
シンガポールチャンギ空港でのこと。
以下に、その日記からの抜粋を。

●95/05/01(月)
一階に上がって、ベンチに座り、ひと休みする。そして2階に上がる。チェックインをしようとして、バッグの中のセカンドバッグがないのに気づく。

米ドル、ルピアの札束、トラベラーズチェック、パスポート、インドネシア帰国用の航空券など、重要なものばかり入っているものだ。なくしたら大事件だ。

さっき一階のベンチで休んだときに、置き忘れたのだろう。ベンチを離れてから、もう3分ぐらいたっている。

思わず神様に祈り、下の階のベンチへ急ぐ。

すると、セカンドバッグは、オレが置き忘れたベンチの上にあった。

その隣には、さっきはいなかった男性が座っている。

よく取られなかったものだ。神様への祈りが届いたのか。

イスラエル

イスラエルで財布をなくした時のことも、よく覚えている。
あれは2000年の前後だった。
仕事の研修で4回ほどイスラエルを訪れたことがあった。
イスラエルのN社製のIT製品を販売・保守する会社で働いていた。
そういう仕事に縁があって、イスラエルへ行くことができたり、多くのイスラエル人たちと知り合った。
それも、この国に何らかの縁(カルマ)があるからなのだろう。
イエスさまが生まれたといわれるベツレヘムでは、デジャヴュのような体験もしている。
エルサレムにも、過去生で行ったことがあったかもしれない。


研修で、毎朝テルアヴィヴのホテルからN社まで車で送り迎えされていた。
ある日、研修中に、財布がないことに気がついた。
どこで落としたのか、わからない。
夕方ホテルに戻るときに運転手が、財布を落とさなかったかと私に聞いてきた。
50代ぐらいのユダヤ人だ。
財布が戻ってきたことよりも、イスラエルにも正直な人々がいることを知って、嬉しかった。

フランスで財布をすられた

いままでの人生で、財布をなくして戻ってこなかったという記憶が、ほとんどない。
戻ってこなかったのは、フランスで財布を落としたときぐらいだろう。
TGV(フランスの新幹線)に乗っていて、車内のどこかで落としたのかもしれない。
パリに着いてから、警察に届け出たが、さすがに戻ってこなかった。
これが普通だろう。
中身は大した額ではなく、クレジットカードなども停止手続きをしたので被害は最小限で済んだ。


フランスで、もう1回のケースは、ノンフィクション作品(『聖母と聖女〜ルルド巡礼の記』)で書いている。
ルルドの聖地巡礼から帰ってきて、パリ(シャンゼリゼ)の街中で、財布をすられたのだ。
どこの国の人間だかわからないが、ラテン系の女性が2人近寄ってきた。
わけのわからないことをしゃべった後で、一人が畳んだ新聞を私の胸の前に差し出した。
もう一人の女性が、私の右腕を強く引っ張り、「ジャポネ」とか何とか言った後で、立ち去った。
その後、ジャケットのポケットに入っていた財布がなくなっていた。


ここまでは、よくあることだが、ここからがちょっと違っていた。
道路を渡ってちょっと歩くと、後ろから中学生ぐらいの少年がオレを止めた。
そして、「ソーリー」と言って、すられた財布を差し出した。
少年はすぐに、走り去ってしまった。
財布の中を見ると、金もクレジットカードも、まったくそのままだった。
まったく理解不能だが、奇跡的な出来事といえるかもしれない。
あれは、初めてルルドに聖母が出現した記念すべき2月11日にルルドを巡礼した翌日だった。
マリアさまが助けてくれたのだろうか。

神助か

日本では、財布をなくしたすべてのケースで、そのまま戻ってきた。
携帯電話を落としたこともあった。
そのときも、善良な人が知らせてくれて、戻ってきた。
日本人というのは、やはり正直な民族だなと思う。
すべてではないにしても、そういう人が多い。


だが、一般的に海外では、財布をなくして戻ってくるというケースは少ないだろう。
私を守っている守護霊とか守護神とか、縁ある神々が助けてくださっているのか。
神仏は信じていても、多くの神仏を祀ってはいても、個人的な願い事を一切しない。
そのような人間には、いざというときにそういう神助が起きやすいのだろうか。


かなり無鉄砲なところがあって、いつも自分の危険を顧みずに行動してしまうような人間だ。
自分を守ろうという気持ちが、まるでない。
それなのに、いつも不思議と助かる。
子供の頃、海で溺れかけたときに、知らない大人に助けられた。
ハンググライダーで墜落したときも、杉の雑木林の上に落ちて、怪我ひとつしなかった。
大きな事故に遭ったり、大病をしたことがまったくない。
未然に回避されているのかもしれない。


一度だけ、バイクにひかれたことがあった。
ジャワ島で働いていたときのこと。
当時の婚約者だったDと一緒に道路を渡ろうとして、私だけ足をぶつけられた。
あとで彼女いわく、私が彼女をかばって自分だけひかれたらしい。
「らしい」というのは、無我夢中だったので、自分で行動を覚えていないのだ。
そのときも大した怪我ではなく、骨折せずに済んだ。


いつも(多くの神仏に)護られているという安心感もあるのかもしれない。
もっとも、守ってくださっている守護霊や守護神にとっては、「危なくて見ちゃいられない」という感じなのかもしれないが。^^;
本当に有難いことだと思う。


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