探求三昧(はてな支部) - 地震前兆/超常現象研究家・百瀬直也が地震・災害予知・防災・予言などを探求

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Blog英語版+イスラエル10支族


先日、『探求三昧』英語版のBlogを立ち上げた。
今更という感があるが。
いままで英語のブログを作らなかった最大の理由は、英語を書くのに時間がかかること。
ひとつの英文の記事を書く時間があれば、3つとか5つとか日本語の記事が書けてしまう。


ブログ名は、『Noya's Arc』
もちろん「Noah's Arc」(ノアの箱舟)に引っ掛けたもの。


第1弾の記事として、「The ONTOHSAI festival in Suwa Taisha」と題した記事を書いた。
諏訪大社の御頭祭や諏訪信仰と、古代イスラエルの関係について書いたもの。


以下に、英語版の文章をGoogleの翻訳機能で日本語訳したものを貼り付けておく。
また日本語版を書くのがめんどいので。
もちろん、翻訳された文章のままではなくて、全面的に手直しをしている。

諏訪大社の御頭祭』

2007年4月15日に長野県の諏訪大社で開催された御頭祭です。
諏訪大社諏訪大社は日本で最も古い神社の1つで、1300年以上の歴史があります。
YouTubeのビデオをアップロードします。
このビデオは、インターネット上で初めてこのお祭りを掲載したものかもしれません。
ある人々によると、古代イスラエル十部族が古代日本の諏訪大社を訪れたといいます。
イスラエルの失われた10部族を調査するイスラエルの組織AMISHAVも、諏訪の問題の調査を始めました。


ビデオで彼らが担いでいる日本の神輿は、聖書の契約の箱と同一だとわかるかもしれません。
実際、神輿は契約の箱と同様に、可動式の神殿なのです。
諏訪大社に関心をもつイスラエルの人々が、諏訪大社が守屋山のふもとにあると知ったら、エルサレムを思い出すでしょう。
実際、守屋山は諏訪大社の御祭神の御神体とされているのです。
失われた10部族の問題について、特にイスラエル/ユダヤ人の人々と共に探究したいと思います。
私はいつも連絡を待っています。


以下に、諏訪大社古代イスラエルについてのいくつかの驚くべき共通点を紹介します。

◎守屋山

諏訪大社には4つの社があり、そのうちの2つは守屋山の麓に位置しています。
イスラエルの人々の多くは、守屋山の名前を耳にすると、エルサレムのモリヤの名前を思い出すようです。
ソロモン王はエルサレムのモリヤの山に神殿を建てました。

◎イサク伝承

百年以上前には、この祭で奇妙な儀式がありました。
年齢8歳ぐらいの子供が、高さ約2メートルの柱(御杖)に縛り付けられます。
神官が刀を子供の上に振り上げるしぐさをします。
そのとき、別の男が登場し、神官を静止し、子供は解放されます。
この話を聞いて、聖書のイサクを思い出したかもしれません。
アブラハムは、子供を連れてモリヤへ行くように神に命じられ、そこで彼の息子を生贄に捧げるように言われます。
アブラハムが刃物を振り上げて息子を殺そうとしたときに、神の使者が登場し、アブラハムを静止し、息子は解放されます。
アブラハムは息子の代わりに羊を神に捧げます。

◎鹿と羊

この祭りでは、古くは75頭の鹿を神に犠牲として捧げました。
失われた10支族の末裔が住むというサマリアでは、過ぎ越しの祭りで、かつては75頭の羊を犠牲として捧げましたが、最近では45頭の羊を捧げています。
日本では、古代でも今でも羊がいないので、鹿なのです。

◎御頭祭の開催時期

かつてこの祭は、毎年旧暦3月の酉の日に行われました。
これは現在の暦で4月中旬にあたります。
過ぎ越し(ペサハ)が開催されたのは、ユダヤ暦ニッサン( 2007年1月)15日から21日で、現代の暦で3月か4月頃にあたります。

◎十間廊と幕屋

諏訪大社上社前宮には、十間廊(じっけんろう)と呼ばれる建物があります。
御頭祭は、この建物をメインにして執り行われます。
十間廊は、古代イスラエルの幕屋と比較されます。
十間廊の名称は、10間(約18メートル)の長さがあることを意味します。
古代イスラエル人たちの移動式神殿である幕屋は、30キュビト(約13メートル)、幅10キュビト(約4メートル)ありました。


十間廊の外観は、幕屋に似ています。
両方とも、屋根があるが骨格だけで壁がない建物であり、一定の間隔で柱が立っています。
幕屋の詳細については、下記のサイトで縮尺1/20の模型の写真を見ることができます(言語は日本語のみ)。
http://bible.co.jp/tabernacle/
また、下記のページで十間廊の古い絵図を見ることができます。幕屋と比較してみてください。
http://www.city.suwa.nagano.jp/scm/siryou/siryou_yurakubyoubu/L/Image10L.htm


御頭祭では、十間廊の中に神輿が置かれました。
幕屋でも、中の至聖所に契約の箱が置かれました。
十間廊と幕屋は両方とも、東-西に長く横たわり、東側の端に入口があります。(十間廊の方は、実際は真東から45度ほど南へ傾いている)
ただし、幕屋では西側にある至聖所に契約の箱が置かれ、十間廊ではその逆に、東側に神輿が置かれています。



【翻訳ここで終わり】


さあ、どうでしょうか?
これだけの一致が偶然に起きるものかどうか?
特に、十間廊と幕屋の類似点です。
両者の共通点をまとめると、以下のようになります。

  • 屋根と骨格だけの建物である。
  • 東西線上に建てられた細長い建物である。
  • 13メートルあるいは18メートルの長さがあり、縦横は10対3の比率である。
  • 神に生贄を捧げる場所であり、75頭の鹿(御頭祭)または子羊(サマリアの過ぎ越し祭)が供えられた。
  • 神輿あるいは契約の箱を安置する場所である。


いわゆる巷で言われている、みのもんたの番組で紹介されているような、「守屋山=モリヤの山」ぐらいでは、単なるゴロ合わせと取られても仕方がないでしょう。
真理の探究とトンデモの分かれ道は、「そこから探究が始まる」というところにあります。
私自身、確信をもっているわけではなく、更に探究を続け、さまざまな証拠を揃える必要があるかもしれません。
諏訪大社は、本当に謎に満ちた神社ではあります。


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