探求三昧 by 百瀬直也 - 地震前兆研究家の地震予知・地震予測関連ブログ

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ある3人の男女の生まれる前の話

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私が大学生の時だから、いまから25年ぐらい前の話だ。
大学のESS(英会話クラブ)の同輩に、出口(仮名)という男がいた。
彼は私と同じく、高校を卒業して大学に入るまでに2年間のブランクがあり、歳も同じだった。
ある時ESSのコンパがあり、その二次会の席で、出口はみんなの前で、自分が生まれる前の話を語り始めた。
夢でみたことなのかどうかわからないが、次のようなことを覚えているのだという。

出生を待つ3つの魂

出口がこの世に生まれてくる前に、地上を見下ろせるあるところにいた。
足を伸ばして膝をかかえて座っているような姿勢だった。
彼の右隣にはもう一人の男が、そして左側には女性が、三人で横一列になって、同じような格好で座っていた。
そこから下界の海が見えたので、海の近くだったようだ。
まわりを見ると、自分たちと同様に3人一組のグループがあちこちにいた。
この世界には段階があるようで、自分と地上の間はいくつかの層になっていて、同じように地上を見下ろしている人々が見えた。
自分たちのいるところよりもっと上にも何段階かの層にわたって人々がいるはずだが、自分よりも上の世界は見ることができないらしい。
みんな地上に生まれ落ちるのを待っているようだった。


出口の左にいる女性は、性格的にとても気が強く、負けず嫌いで、積極的になんでも自分から進んでやるようなところがあった。
出口の右側の男性は、とても口数が少ないおとなしい性格だった。
詩を作ったり、花を見て美しいと思うような女性的な一面をもった、気が優しい人間だった。
その男の体は真っ黒で(肉体はもっていないので、霊的次元で)、暇さえあれば「修行だ、修行だ」と言っているような、禁欲的なところがあった。


彼ら3人よりも遙かに高いところには、神だか仏だかわからないが偉い存在が彼らをいつも見守っているらしかったが、その姿は見えず、出口はその存在からあまり好ましく思われていなかった。
というのは、彼は神さまに対して憎まれ口をたたくようなところがあったからだ。
もう一人の男は、無口で暗い性格だが、真面目なところが、その存在に気に入られていた。

自分の両親を結びつけるキューピッド

他の人々はどうかわからないが、少なくとも彼ら3人にはキューピッド的な能力が与えられていた。
地上にいる男と女を結びつけてカップルにすることができるという力だった。
そして、これから自分の両親となる人を選ぶことができる権利をもっていた。
つまり、こういう父親と母親のもとに生まれたいという人を見つけて、その2人を結びつけて結婚させることができるのだ。


出口の隣の男が未来の母親として選んだのは、背が低く、少し太った女性だった。彼女はとても気が強く、頑固だった。
彼はその女性とある男を結びつけ、結婚させた。
彼の父親となる男は、人間的にとても弱い面をもっていた。
そして二人は結婚した。

自分のことか?

ここまで出口の話を聞いていた私は、だんだんと、生まれる前に出口の隣にいたという男が、自分のことではないのかと思い始めた。
出口は私の両親に会ったことはなく、二人がどういう性格でどういう外見かをまったく知らないはずだったが、彼の話す男の両親の描写は、すべて私の両親に当てはまっていた。
また、常日頃から自分は過去生でインドのヨギ(ヨガ行者)だったのではないかと思っていたので、「体が真っ黒」で、いつも「修行だ、修行だ」と言っていたというのも納得できる。


そして、3人が地上界へ生まれるべき時が来た。
出口はオレが一番先に地上へ行くと言って、その通りに、彼が選んで結婚させた両親のもとへ生まれていった。それは、たしかに海に近いところだった。
そのため、残った二人のうち、どちらが2番目に地上に降りていったかは、出口は知らないという。
しかし、2人の性格から想像すると、やはり引っ込み思案の男よりも、何事にも積極的な女の方が絶対先に生まれただろうと言う。


出口の生年月日は1956年4月28日土曜日。
その「無口な男」というのが私のことだとすれば、私は1956年5月5日土曜日に生まれていて、ちょうど出口が生まれた1週間後だ。
ということは、もう一人の女の方は、この1週間の間に生まれているということになる。
ちなみに、私が生まれたときに住んでいたところも東京・新橋で、これも海の近くだといえる。
ついでに書いておくと、私は出産予定日を2週間すぎて生まれている。5月5日に生まれるのを待っていたのか、それとも単に引っ込み思案だったためか…。


ところで、この3人は生まれていく前に、将来地上のどこかで出逢う約束をしていた。
そして、その時にお互いを認識できるように、それぞれ体のどこかにホクロを付けて、それを目印にしようということになっていた。
それで出口は左の顎に、女は右の背中に、そしてもう一人の男は右の胸にほくろを付けることにした。

運命の出逢いは?

出口がここまで話した時点で、その無口な男というのが私であるという確信は、決定的になった。
私の右の胸には、たしかにほくろがあったからだ。
だが、出口は私の上半身の裸を見たことなどなく、胸にホクロがあるかどうかなど、知っているはずはなかった。


こういう事情によって、出口ともう一人の男、つまり私は、いずれその女性と出逢う運命にある…はずだった。
しかし、何かの理由によって事情が変わり、私たちはその女性と、少なくとも今生では逢う必要がなくなったのかもしれない。
というのは、その後私の右の胸にあったほくろは、だんだん色が薄くなり、とうとう完全に消えてしまったことから、そう思うのだ。

この世で該当する人々

だが、生まれる前に出口と私と一緒にいた女に該当する女性が、いままで私の人生で出逢った女性の中に一人存在するのだ。
大学を卒業して出口とも会うことがなくなってからのことだった。
その後に出逢って親友になった鎌田(仮名)が結婚したのだが、その相手が、出口と私が生まれるちょうど間の、1956年5月3日に生まれているのだ。
彼女はたしかに出口が描写するように、積極的で負けず嫌いのところがある女性だった。
そして、非常に気性が激しい性格だった。
だが残念なことに、鎌田に聞いてみると、彼の奥さんには背中にほくろがなかった。
それとも私と同じように、あるときに消えてしまったのだろうか。


出口という男について、少し書いておく。
彼がESSに入部したいと言って部屋にやってきて、私と最初に出会った瞬間、何か運命的なものを感じたものだった。
「こいつはオレと同じような目をしている」と思った。
以前に過去生のどこかで逢っているという感じがした。
出口はたしかに霊感が強い男だ。
私と彼とは必ずしも仲がよいというわけではなく、いつも互いに憎まれ口を叩いていた。
出口は仏教学部だったが、「神や仏がいるんだったらオレの前に出て気やがれ」などとぬかすような男だった。
そのくせ、ESSの仲間と酒を飲むと必ず出口と私が話の中心になって、仏教や心霊の話になるので、不思議な奴らだとみんなから思われていたようだった。

翼が生えている?

ちなみに、私たちの1年後輩に、浜川(仮名)という不思議な女の子がいた。
彼女は東北の恐山に近いところに生まれたが、幼い時に火事で逃げ遅れて失明したことがキッカケになって、「第三の目」つまりアジナ・チャクラが動き出したようで、人間の後ろに霊がついているのが見えるようになったそうだ。その後、視力は手術によって回復したのだが。
浜川がESSに入部して初めて出口を見たとき、彼の後ろにブッダの弟子が見えたそうだ。
そして、彼女が私を初めて見たときは、背中に翼が生えて冠を被っている姿に見えたとのこと。
そのため、しばらくは私に近づき難いものを感じて、まともに話もできなかったという。
そのことはいまだにどう解釈していいかわからないが、出口が話していた「キューピッド」と関係があるかどうか…。
その後、彼女には、私が後に何人もの見えない存在をゾロゾロ連れて歩いているのが見えたりしたそうだ。
そのことも、どういうわけか彼女は私自身には言ってくれず、いつも間接的に話が伝わってくるのだが。


出口の荒唐無稽な話のポイントは、彼が逢ったこともない私の両親の性格や外見を正確に言い当てたということと、私の右の胸にほくろがあることを当てたことだろう。
だからといって、出口が語ったことがすべて真実だとは限らないと思うが。
出口は前生で「クソ坊主」だったのではないかと勝手に思っている。
屁理屈ばかりぬかす坊さんだったのではないか、と。
だが、そこそこに修行もしていたので、生まれる前のことを覚えていたり、多少の霊感があるのだろう。

デッチアゲではない

出口の話には、普遍的な要素が含まれているように思える。
たとえば、J・L・ホイットンなどによる生まれ変わりの研究の結果によると、退行催眠によって過去生のことを思い出した人々は、だいたい地球に生まれる前に、中間生と呼ばれるところにいたことを覚えているという。
そして一部の人々は、自分の両親を選ぶことができ、自分の父親になるべき男性と、母親になるべき女性を結びつけるキューピッドのような力をもっていたという。
また、この種の本で書かれた中間生の様子は、出口の描写と似ている。
空中に浮かんでいたということも、退行催眠で多くの人々が思い出したことと一致する。
このようなことは、25年前にはどんな本にも書かれていなかったことだろう。


最近でも、生まれる前のことを覚えているという6歳頃までの幼児は、空の上で地上を見下ろせるところにいたという子が多い。
これも友人の出口の話と共通している。
彼は、そういうことなどまったく知らなかっただろう。

別々の人生を

この不思議な話をどう解釈すればいいのだろうか。
直観的には、たしかに自分は生まれる前に出口と一緒にいたのだろうという気がする。
彼と初めて出逢った時のショック感を、まだ忘れずに覚えている。
出口の記憶は、彼自身が創作した荒唐無稽な話とは思えないものがある。
出口とはもう会う機会もなく、鎌田とも友達付き合いをやめた。
そうそう、出口とは卒業後に1回だけ、とんでもない場所で出逢っていたのだ。
30代の頃、私がソフトウエア・エンジニアとして、川崎市の某大企業の工場に常駐していた時に、構内で出口とすれ違った。聞くと、その企業の営業マンとして就職したのだという。仏教学部を卒業した奴が、コンピューター企業に就職したとは。


そういうわけで、あの女性を含めた3人はそれぞれ別々の人生を歩むことになったようだ。
では、生まれる前に3人一緒にいたということにどういう意味があったのかという疑問が生じる。
3人はこの世に生まれて来る時に、何か特別な共通の目的をもっていたのかもしれない。
だが、その3人の中で、地上に生まれてきた「目的」をいまでも自覚している人間がいるとしたら、残念ながら、それは私だけかもしれない。
もっとも、人間の人生はどうなるかわからないところがあって、将来のいつかに変わっていくかもしれないが。


※こちらで、この記事の付記を書いています。↓



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