探求三昧 by 百瀬直也 - 地震前兆研究家が地震予知・地震予測・防災等を探求

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さまざまな孤独

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どういうわけか、巫女的な人とか超能力者とか霊能者みたいな人たちから相談をもちかけられることが多い。
また、そういう人たちとは短期間のうちに意気投合してしまうことが多い。
自分でも、何故だかわからない。
一つには、お互いに寂しい同士だからかもしれないとも思う。

自分のことをいうと、昔から「普通の人たち」と共通の話題がもてなかった。
だから、仕事の付き合いの人たちとは、話す話題に困ってしまう。
生きていくためにもつ価値観がまったく異なるからだ。
この人生において、何に重きを置くかが、まったく違うからだ。
お互いに本音で話し合ったら、宇宙人と話しをしているようなものかもしれない。
必然的に、こういう人間は口数が少なくなる。
良い学校へ入ってよい会社へ就職して良い給料をもらって大きい家を建てて…というような生き方に、まったく共感がもてなかった。
それで中学生にして、ドロップアウトした。

価値観を共有できる人がこの世界に少ないということは、本当に寂しいことだ。
超能力者たちや霊感が強い人たちは、意外と親しい友達がいなかったりする。
普通に話していて、相手の嘘や本音が見えてしまい、潔癖な人ならば、それだけでイヤになるのだ。

自分はといえば、子供の頃から、自分が「場違いの」惑星に生まれてきてしまった異星人のように思っていた。
いつも、遊びで「宇宙人の目」でこの世界を眺めていた。
いま考えると、あながち遊びではなかったのかもしれない。
かつてデビッド・ボウイが主演した映画『地球に堕ちてきた男』で描かれていたような異星人の孤独感、寂寥感はよくわかるのだ。
ちなみに、あの映画ではツトム・ヤマシタが音楽を担当していたが、映画の光景に合ったジャパネスクな音楽−尺八の響きがやたらにその映像にマッチしていて遊星的郷愁を誘っていた。

「人は他人が知らないことを知るほどに孤独になる」というようなことを言っていたのは、たしか心理学者のユングだったと思う。
でも、孤独を越えたところにある共感というのも、あると思う。
砂漠の中に落としたダイヤの指輪を探すようなものかもしれないが、その努力は無駄ではないだろう。
そこらへんにいる大人たちよりも、子供たちとの方がよっぽど共感を持てるかもしれない。
たとえ我侭であっても、自然に逆らわない生き方をしている者たちの方が。



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