探求三昧 by 百瀬直也 - 地震前兆研究家が地震予知・地震予測・防災等を探求

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霊性について冷静に考えてみる

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はてな」で「霊性」というキーワードを検索してみたら、なんとキーワードが登録されていなかった。あれだけ、どーでもいいようなキーワードがたくさん登録されているにもかかわらず、だ。呆気にとられてしまう。
なんと霊的文化のレベルの低いところなのだろうか、と(キーワード一つで、ちょっと大げさか…)。
そもそも霊性というのは何だろうか?
このことについて、冷静になって考えてみることにする。
「霊性」を英訳すれば「spiritualiry」だろう。
Yahoo!JAPANの英和辞典で「Spirituality」をひいてみると、

1〔U〕精神的であること;超俗性;霊性;崇高さ;精神的傾向[気風]

と出た。
霊性という言葉の重みは、その定義によって変わって来るだろう。
たとえば心霊主義者たちにとっては、一般的にいうところの霊性という言葉を違った狭い意味で使っているかもしれない。
人間の本質を魂とするならば、そして、その魂が永遠性をもつものであるならば、『霊性』というものが人間にとってどんなに重要で本質的なものであるかは歴然としている。
しかし、現代の社会では、それが顧みられることは少ない。現代の世界全体が、物質主義、現世思考、金権主義、男性原理などに偏りすぎているために、霊性というものがないがしろにされてしまっている。
本来日本という国には「日本的霊性」とでも呼ぶべきものがあった。
それが、いまや、カネカネカネと叫ぶガリガリ亡者や快楽追求主義者たちの集まりになってしまったきらいがある。
TVのゴールデンタイムのバラエティー番組を見ていると、日本という国に対して本当に絶望的な気持になってくる。
そこには知性のひとかけらもなく、またそういうところから霊性に関する情報はまったく得られないといっても良いだろう。
あの金銭欲や暴力や性欲に満ちた国アメリカのTV番組だって、もうちょっとマシだろう。そこには一応プロテスタントという宗教があり、たとえ表向きにせよ信仰による歯止めがかかっているからだ。
だが、日本のTVは…。
出る方も出る方、作る方も作る方ならば、見る方も見る方だろう。
世の中、需要と供給のバランスで成り立っているのだから、ああいうくだらない番組を見る人々がいるからこそ成り立っていると言えるのではないか。
話が脱線してしまった。霊性の話だった。
でも、完全な脱線ではないな。「信仰という歯止め」という話がたまたま出たから。
そういうわけで、日本という国が犯罪や倫理の欠如という意味において、どんどんアナーキーな方向へ進みつつあるのも、ひとつには、信仰という歯止めが利いていないからではないかと思ったりする。
性悪説」ではないが、人間というものは、人が見ていないところでは何をやらかすかわからないという存在だと思っている。
だが、超越的な存在を信じている人々にとっては、そうではないのだ。
人間というものは、いつも自分の行動を誰かに「見られている」のだから。
もっとも、見られていないから悪いことをやってもいいとか、見られているからやってはいけないというレベルの話ではないだろう。
ある種の人々は、日本という国が危機的状況に陥っている世界をこれから救う重要な国になるだろうと主張する。
だが、たとえそうだとしても、「いまのままの日本」では、到底無理だろう。
よっぽどの根源的なパラダイムシフトが起きなければダメだろう。



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