探求三昧 by 百瀬直也 - 地震前兆研究家の地震予知・地震予測関連ブログ

地震前兆研究家、ライターの百瀬直也が地震予知・予測・予言等を探求する

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世界を変えること

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いまの子供たちを見ていると、学校以外にも塾に通わされたりして、遊ぶ時間がなくてかわいそうだ。
勉強よりも、遊びこそが人間に創造性を与えるものだと思うのに。
子供に「勉強しなさい」と強制するような親にだけはなるまいと思う。


どういうわけか、子供の頃に、親に「勉強しなさい」と言われた覚えがない。だから、小学生の頃は宿題をやったためしがなかった。
中学2年になって、まわりがみんな受験勉強を始めた。
「いい学校へ入って、いい会社へ就職して、そして金持ちになる」
そういう価値観に基づいた世界がインチキだとわかって、ドロップアウトした。


いま考えると、天に向かってツバを吐くようなものだった。
勉強しなかったことを、いまでは非常に後悔している。
だが、この世の中がインチキだらけの世界だと思ったのは正しい認識だったと、今でも思っている。
深夜放送を聞いてビートルズに出会ったのをきっかけに、ロックに目覚めた。

音楽で世界は変えられる?

ボブ・ディランは、音楽で世界を変えられないことに気づいて、宗教に走った。
デヴィッド・ボウイは、それ以前に世界に対して絶望し切っていた。
かつてTears for Fearsはインタビューで「目標は?」と聞かれて「世界を変えること」と言い切った。
ジョン・レノンビートルズ時代に『Revolution』で、「革命を望むと君は言うけど、俺も同じだけど、もし君が破壊について語るなら俺は降りるよ」と歌った。
だが平和を歌ったレノン自身は、私生活ではかなり暴力的な人間だったらしい。
何よりもまず自分自身の中に「平和」を求めたかったのかもしれない。


私自身も、かつては音楽で世界を変えようと思っていた。
だが、その後に、そこまでの才能がないことを自覚したが。
ちょっと頭が足らなかったというか、音楽で世界を変えられるという幻想を抱いていたのかもしれない。

霊性の道へ

中学を卒業して、年間に退学者が100人以上出たことで全国的に有名になった工業高校に入学した。
本宮ひろ志の漫画のモデルになった学校といったら、みんな信じてしまうだろうと思うようなワルの学校だった。
べつにそこに入りたかったわけではなく、都立ではそこぐらいしか入れないと言われたからだ。
学生は不良しかいなかった。
当然のように、女性の教師が一人もいなかった。


そんな中、高校の2年ぐらいのときに、やっぱり大学へ行こうと思った。
大学では超心理学を学びたかった。
「人間は生まれる前にどこにいて、死んでからどこへ行くのか?」というような問いかけ、つまりスピリチュアルな価値観こそ地球にとって重要であり、宇宙の本質が秘められていると思っていた。
だが、超心理学のような気の利いたことを教える大学は、日本になかった。
いまでもその状況はそれほど変わらないが。
だから、その代わりに英文科へ進んだ。何をやるにも英語は必要だと思ったからだ。

世界はどこが狂っているか?

この世界のどこが狂っているかというと、物質的欲望の充足に満足するということを知らず、自分(たち)の利益のことしか考えない人々が多く、便利さばかりを追求して自然をどんどん破壊していき、省みることがないということだ。
要するに「物の原理」にとらわれていて、万物の原理の精神的面、つまりスピリチュアルな価値観に目覚める人が非常に少ないということだ。
私から言わせれば、利潤の追求とか種族の保存とか、それほど本質的でないことに人生の時間のほとんどを費やし、人間として生きていく上に最も大切なことや、自分たちが生まれる前にどこから来て、死んでからどこへ行くかということなどについて探求をしない。
そんな人間たちが住む惑星に明るい未来はあるのだろうか。


自分はといえば、そんな世界の中にあって、自分が何をやるべきか、つまり自分に与えられた役割は、だいたいわかっている。
「20世紀の眠れる予言者」と言われたアメリカのエドガー・ケイシーいわく、人間にはそれぞれ一瞬一瞬に『神へ至る道』か『悪魔へ至る道』のどちらかへ進む選択肢が与えられているという。
インドの聖者クリシュナムルティは、人間一人一人の心の状態が変われば、その地域全体が変わっていき、それがひいては世界全体を変えることになると言った。


私がやっている情報活動のすべては、そういう本質的なことに気づいてもらいたいがための行動なのだ。
それが神さまから与えられた自分の役割だと思っている。
これは、自分だけが思っている「妄想」ではなく、今まで会った何人かのシャーマンにもそう言われてきた。

世の中に憤らない若者って

写真家の浅井慎平氏は、かつて朝日新聞の「変だぜちょっと」というエッセイで、世の中が「ちょっと変だぜ」と思わない若者がいたら、どこか感受性に欠陥があるか、「世の中ってそんなもんだ」と利口ぶっているにすぎないと書いた。


その言葉が頭に焼き付いて心から離れない。
最後に、そこから数行を引用する。


こんなことがあっていいのか。

なんてひどい世の中なんだ。

いつか世の中を変えてやるぞ、と

若者は人間の誇りをかけて怒り狂う。

それゆえに若さは素晴らしいのではないのか。

「だってしょうがないじゃん」と

自分を甘やかす青春を恥とせよ。

(1985年3月6日、朝日新聞夕刊「変だぜちょっと」浅井慎平より)



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